1920年代から30年代にかけての横光利一における、主に新カント派のハインリヒ・リッケルトの「価値哲学」の文学理論への影響を手掛かりとして、「価値哲学」の日本近代文学への影響が、横光という作家個人の影響関係にとどまるものではなく、同時代のマルキシズム文学者、哲学者、経済学者に大きな影響を与えていたことを明らかにすることができた。 例えば、1928年前後よりマルキシズム文学者を中心にしておこなわれた、「芸術的価値論争」と呼ばれる、「文学」の「価値」をめぐる「論争」は、当時隆盛を誇った「価値哲学」の影響のもとにおこなわれている。この「論争」には横光も介入しているのだが、「価値哲学」という理論的基盤を共有していたからこそ、横光とマルキシズム文学は、「文学」の「価値」をめぐり「論争」をおこなうことができたのである。 横光の1920年代後半から30年代にかけての文学理論と、「芸術的価値論争」の理論とを、先行研究では理論的に関係させて分析することはなかったが、本研究の分析により、横光の「形式主義」の理論形成と、「文学」の「価値」をめぐる、マルキシズム文学を中心とした「論争」が、実は理論的に深いつながりを持っていたこを解明することができたのである。横光の「形式主義」とは単なる芸術理論ではなく、「価値」の理論でもあったのだ。 そして横光とマルキシズム文学が「価値哲学」の「価値」を、「経済学」の「価値」へとスライドさせる問題を、『資本論』と新カント派の「経済学」を分析することで明らかにすることができた。この解明により、同時代の改造社の「円本」を可能にした、「文学」の「商品化=価値化」への理論的な見通しをつけることができたと考える。本研究成果の一部は2014年4月に出版した、単著『「感覚」と「存在」 横光利一をめぐる「根拠」への問い』(明治書院)でも公表した。
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