平成27年度は、文献調査においては壺井義知・伊勢貞丈の事績を中心に行った。また、有職書の文学研究への活用という点においては、平成23年から27年度まで継続的に行ってきた有職故実書の調査・研究の成果を、歌ことば「月草のうつし心」、および「紅のふりいづ」の解釈にフィードバックした。 壺井義知『壺井氏令解』(京都大学附属図書館蔵)、『在原業平伝』(天理大学附属図書館蔵)の調査から、中世期と近世後期の間をつなぐ近世中期有職学の特徴が看取できた。すなわち、『花鳥余情』を中心とする一条兼良と周辺人物の事績を意識し、取り込みつつも、それを鵜呑みにして引き継ぐだけではなく、平安期成立の物語などを考察材料として再見し、丹念な検討を行っている。つまり、「原点回帰」、もしくは「研究」的な姿勢が深まり、その傾向は近世後期に引き継がれていると言える。また同様のことが、翻刻を行った伊勢貞丈『今昔物語問答』(筑波大学付属図書館蔵)からも見てとれた。 他に、「「月草のうつし心」は「浮気心」か―亭子院歌合出詠歌の解釈を目指して―」を執筆した。「月草のうつし心」という表現は、従来「移り気な心」と「気丈な心」という対極的な解釈の狭間で揺れ、定まらなかった。これについて、後代の有職書、物語注釈書をたよりに、「月草うつし」とは、褪せやすいという欠点はあるものの、染色が容易で発色が鮮やかという性質ももっていることに注目した。そして、周辺和歌用例の検討とあわせ、「月草のうつし心」は、「人に移り染まった恋心」と解釈するのが妥当ではないかという、第三の解釈を呈するに至った。 さらに、『古今集』所収歌に見える「紅のふりいづ」という表現に注目し、紅染色の実態と和歌表現との連関について考察した。その成果は、「紅染色におけるふりいづ―その実際と和歌表現とのかかわり」と題して口頭発表を行った(和歌文学会例会)。
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