研究課題/領域番号 |
25770104
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研究種目 |
若手研究(B)
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研究機関 | 東京医科歯科大学 |
研究代表者 |
猪熊 恵子 東京医科歯科大学, 教養部, 准教授 (00508369)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | ヴィクトリア朝 / 語り手 / ディケンズ / 音声 / 文字 |
研究概要 |
3年間の科研費プロジェクトについて、初年度(2013年度)はさまざまな仕事の礎を築く一年として位置づけていた。そのため、ディケンズの語りの音声が、製作年代を通じてどのように変化していくのかを、研究者のみならず一般読者にもわかりやすい形で提示する大きなプロジェクトとして、『ポケット・マスターピース』シリーズのディケンズ巻の翻訳に取り組んだ。この『ポケット・マスターピース』はディケンズの初期の傑作『骨董屋』、中期の代表作『デイヴィッド・コッパフィールド』、晩年最後の完成作品『我らが共通の友』からそれぞれ読みどころを抜粋し、三冊合わせて800ページ程度の文庫本として編まれるものである。今年度は主にこの翻訳に集中的に取り組み、700ページを超える翻訳の大部分を完成させている。今後は芥川賞作家辻原昇氏による解説と、年表などの体裁を整え、2014年度中に出版を予定している。 この『ポケット・マスターピース』に取り組んだことによって、以下のような収穫を得ることができた。初期の『骨董屋』では若き日のディケンズが老人のペルソナをまとって語り、中期の『デイヴィッド・コッパフィールド』では壮年期のディケンズが自伝的に自己の来歴を振り返るような自伝的な語りの構成を取っている。そして晩年の『我らが共通の友』では、三人称の全知の語り手の視点を採用している。これらの作品群を少しずつ翻訳しながら、ディケンズの語りにみられる「音声」と「文字言語」との対立や対比を見ることができた。当初の研究計画書においても、初年度はこの翻訳と、自らの研究業績としての博士論文の仕上げ章の執筆を主眼に置いていた。そのため、当初の目的はほぼ達成されたものと考えている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
三年間の研究の初年度は、まずは翻訳原稿を完成させることにあった。またその翻訳の過程で、ディケンズの語りの声が、彼の創作年代の変遷とともにどのように変容していくのかを、詳細にとらえ直すことをも目的としていた。 この二点の目的は、9でも既述したとおりおおむね予定通りに達成されたものと考えている。事実、今年度は翻訳作業に従事していたため、学会発表やその他のアウトプットは少ないが、来年度以降、今年度の研究成果が出版の運びであること、またこの翻訳作業を通じて浮き彫りとなった、ディケンズの語りの「音声」と「文字」との間の複雑な絡み合いを、『骨董屋』『デイヴィッド・コッパフィールド』、『我らが共通の友』などの作品ごとにまとめ上げることができれば、次の目標である博士論文の完成その他にも大いに寄与するものとなる。したがって現段階で、研究はほぼ予定通りの進捗状況であると報告することができる。
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今後の研究の推進方策 |
来年度は一年間、産前産後・育児休暇を取得する予定であるため、いったん研究を中断し、2015年4月から二年目の研究を再開する予定である。そのため再開後は若干の予定の遅れが予想されるが、現時点では今後の研究推進方策を以下の通り設定している。まずは『ポケット・マスターシリーズ』の翻訳作業過程で気付くことができた三作品中の細かい語りの技巧を研究業績としてまとめ、国内学会で発表する。それらの成果と合わせて、これまでの研究成果をすべて取りまとめた集大成である博士論文の完成を目指す。この『ポケット・マスターピース』と博士論文との二つが完成すれば、ディケンズの語りの声の変遷やそこにみられる音声と文字との相克を、一般読者にもわかりやすい文庫本の形で発信すること、これまでの学会の動向の中に位置づけられる自らの研究業績の意義を形にすること、の二点が可能になると考える。 博士論文の完成ののちは、研究三年目に、これまでの成果を国内・海外双方の学会で発表しながら、書籍へとまとめ上げる道を模索していきたい。
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次年度の研究費の使用計画 |
今年度の物品購入額が当初の予定よりも少なくなったのには、以下の二点の理由がある。(1)上記の研究実施状況でも報告した通り、今年度はもっぱら翻訳作業に従事したため、博士論文完成のための文献を購入する機会が当初の予定よりも少なかったこと、(2)また同じく上で述べた通り、出産、産休を控えながら研究と教育に従事したため、遠方の学会への出張や、大型の図書購入などを控えたためである。 次年度(研究再開初年度)には、当初の予定通りの使用計画を使い切る予定であるが、産休明けの研究のリスタートが軌道に乗るまでどのような状況が展開するか未知数でもあるため、今年度と同程度の使用額になることも考えられる。この場合には、当初三年間で描いていた研究計画と支出計画を一年間延長することも視野に入れて検討している。
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