本研究は、19世紀前中期の英国に見られたドイツ文化の流入と再評価の動きを主に庶民的レベルから調査し、当時著しい発展を遂げていた英国小説への影響を解き明かすことを目的としている。2017度は特に、18世紀末から19世紀初頭にかけて英国劇壇に大量に流入したドイツ人劇作家コツェブーの翻案劇が当時の英国大衆文化に与えた影響をとりまとめることに費やされた。2014年から2016年度は関連資料の収集と文献の精査に多大な時間と労力が割かれたが、今年度はそれらをようやく一つの論文に結実させることができたのである。この研究成果は「コツェブーの<悪>影響―18世紀末英国劇壇におけるドイツ演劇のカット・イン―」と題した論考にまとめられ、2018年度内に刊行予定である『新・阪大英文学会叢書(若手編)』に所収される。このため、現在は拙論の校正作業を進めている段階である。 論考では、コツェブーの翻案劇が当時英国の知識人たちより酷評されていた一方で、劇場では爆発的な人気を誇っていた要因を多角的観点より考察している。要因究明の手がかりとして有力な資料となったのは、当時発行されていた様々な定期刊行物の劇評である。英国の文筆家たちは伝統的な自国の価値指標に囚われていたため、道徳的にスリリングで観客へのインパクトを意識したコツェブーの翻案劇には否定的な評価を下していた。しかし、様々な雑誌の劇評は、そうした翻案劇が観客に新鮮な感動と興奮、興味深さを与えていることを適切に批評している。また、原作のドイツ語劇が英語に翻案される過程において、さまざまな要素が付加され、エンターテインメント性に優れた一大娯楽へと発展していった事情が知識人たちには十分理解されていなかったと分かった。コツェブー劇に対する評価は否定的なままではあるが、O. Mandelのように近年は優れた特徴が見直されつつあることも軽視できないことを指摘する。
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