平成27年度の研究では、一つには、前年度に行ったメアリー・エリザベス・ブラッドンに関する研究内容を、新たにトマス・ハーディの代表的作品の一つである『テス』と比較することで、両作家のテクストに共通する「他者の願望のプロット」の存在を明らかにした。重要なのは、そこでは主人公の成長物語や悲劇の物語が、主人公の意志ではなく、実際には、テクストに同時に存在する下層階級の社会的上昇の欲望や女性同士のライバル関係、または母親など他者の経済的欲望の物語プロットなどによって導かれ、その結果としてテクストでは道徳的秩序の物語が成立しているという点である。つまりは、一見すると道徳的なリアリズムのテクストに見られる秩序を成り立たせているのは、すべてそれとは相反するセンセーション小説の要素だったということになる。その結果、主人公や語り手が意図した道徳的な物語の権威は根底から崩されることになる。この研究成果に関しては、2015年11月28日(土)に開催された日本ハーディ協会第58回大会で口頭発表した。 また、平成27年度には、ウィルキー・コリンズを手本にしたと言われるハーディのセンセーション小説である『窮余の策』について、「女性の願望が導く物語プロット」という観点からテクストを精読し直し、考察を行った。そこでは、男性が各女性キャラクターを完全にはコントロールできず、逆に、女性たちの願望や想像力、そして好奇心が男性主導の物語プロットを新たな方向に導いていることが明らかになった。この研究内容の成果に関しては、今後できるだけ早いうちに口頭発表を行い、論文を作成する予定である。 以上、研究期間全体を通してプロットという観点からセンセーション小説というジャンルを考察してきたが、そこではテクストの道徳的権威が転覆され、女性の願望の物語が達成されていることが分かった。
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