本研究では、19世紀のロマン派詩人P・B・シェリーによる「心身の感性の重視」という点を、21世紀以降再注目されている「美的=感性的なもの (the aesthetic)」や「形式(form)」の概念と関連させ、さらに追求することを目的とした。具体的に述べると、まずシェリーの感性的な美の詩学を、19世紀後半にウォルター・ペイターらによって確立された唯美主義の源流の一つと仮定し、1815-75年と期間を限定してシェリーの詩群を精読することで、シェリーの詩学から19世紀唯美主義に至る系譜 (類似性や差異) を整理し直すことを試みた。さらに、最近見直されてきている「美感的なもの」や「形式」をめぐる最新の批評動向をシェリー研究に導入することを通じて、従来見落とされてきた唯美主義者的なシェリーの一面を新たに提示することを目指した。 最終年度においては、シェリーの「観念的エロス」に着目し、この概念を支える精神的または身体感覚的な「距離感」のダイナミズムを考察した。その例として、晩年のシェリーによる一連の恋愛詩篇、通称「ジェイン詩篇」を取り上げた。この詩篇の中では、シェリーとジェインの心理的な距離と身体的な距離が絶妙に絡み合っており、その距離感が多彩な比喩を用いて描かれている。そこで登場する遥かなものやうつろいゆくもののイメージは、いずれも天上の愛(聖愛)と地上の愛(俗愛)のあいだに存在するものとして描かれる。その枠組みにおいて生み出される精神的または身体感覚的な距離感のダイナミズムは、天上のヴィーナスという美の形象を通じて可視化されている。ジェイン詩篇を端緒として晩年のシェリーの抒情性を新たに捉えなおし、同じく天上のヴィーナスとしての美の形象が、後世の詩人たち、たとえばE・A・ポウやD・G・ロセッティの審美的な詩のイメジャリへとつながる系譜を生み出していることを明らかにしようと試みた。
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