最終年度である平成27年度は、中国での国際学会を中心に成果報告を行った。2015年、9月に開催された中国宋代文学学会第9回年会及宋代文学国際学術検討会、そして同年11月の紀念陸游誕辰890周年国際学術研討会にて中国語による口頭発表を行い、海外の宋代文学研究者・陸游研究者に様々な意見をいただいた。発表では、『名公妙選陸放翁詩集』(以下、『陸放翁詩集』と略称)元刊本と『剣南詩稿』との本文異同が陸游自身による推敲の痕跡である可能性を提示したが、別集(個人の詩文集)である『剣南詩稿』諸テキストが陸游やその息子によって編集刊行されたことから考えて、その蓋然性は極めて高いであろうとの積極的な評価をいただいた。また、明代の陸游詩受容において『陸放翁詩集』が主要な地位を占めていたこともご教示いただいた。これらの成果を、中国陸游研究会副会長の高利華教授のご推薦をいただき『紹興文理学院学報』(2015年第6期)に論文としてまとめた。 本研究課題が明らかにしたことを総括すれば、以下のようになるだろう。元代に編集された陸游選集は、子孫や私塾の門弟のような極めて限定的な範囲を対象としたテキストであった。これを、商業出版者が併せて前後集という形式にして出版したものであろう。そして、元々の詩の一部を切り取って絶句のような短詩として收録している例があるように、『陸放翁詩集』元版及び五山版は、14世紀において陸游という士大夫の詩が非士大夫層を含んだであろう読者に受容された、その盛況の一端を表しているのである。 江戸時代後期の文人・村瀬栲亭による『陸放翁詩集』の増補については、詞を含む502首を『剣南詩稿』と対照し整理する作業を終えているが、成果報告には至っていない。今後、村瀬栲亭本人の詩文の分析等の作業を加えて実施し、論文としてまとめて国内雑誌に投稿する予定である。
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