本研究は、明清期に量産された楊家将、狄家将、薛家将など世代累積型の北方系「家将もの」が、近世中国の社会・文化に影響力をもつに至った要因を、①唐~明初の物語構造形成期と②明清の量産期という二つの側面・時期から、並行して考察するものである。 ①物語構造形成期については、初年度と最終年度に山西一帯で行った唐~明の文物の実見調査を考察の主軸とした。調査では、物語形成との関連が推定される薛家の系譜を記す唐碑、狄家の系譜を記す元裨や、当該地域での戯劇文化の広がりを示す金墓の戯劇俑、元の戯台といった文物群より情報を複数取得した。現在、実在の宗族の伝承と通俗文芸の繋がりを考察する上で手がかりとなるこれらの情報を整理しながら、文献資料との照合検証を継続している。その成果は、今後順次発表する予定である。 ②明清量産期については、主に「家将もの」の先駆けである楊家将の明清資料群から考察を進めてきた。まず、初年度と翌年度は、楊家将故事形成に関与した播州楊氏を題材とする『征播奏捷伝』から、明後期の出版界における「家将もの」出版の背景を分析した。また、翌々年度と最終年度は、楊家将の新出資料である明内府彩絵抄本『出像楊文広征蛮伝』と、『大宋中興通俗演義』『明解増和千家詩註』他の明内府彩絵抄本との比較検証を行った。これにより、物語形成期に基層文化で醸成された「家将もの」文芸が、明清の量産期には宮中という上層においても受容・消費されていたという新知見を得た。本知見は、家将もの文芸が近世中国で影響力を持つに至った一因を示唆していると同時に、中国の基層文化と上層文化との関係を考える重要な視点を提供するものである。よって、明代内府彩絵抄本に関する検証は、今後も幅を広げて継続する予定である。このほか、「家将もの」世代累積型構造の再把握を進めるべく明『北宋志伝』の翻訳作業を進め、その成果は出版物として刊行された。
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