1. 否定辞ni / neは古高ドイツ語では文否定を担っていたが、中高ドイツ語においては独立文では特定の動詞とのみ共起し、また、従属文では条件や除外を表す文のタイプに限られる。このような従属文では、否定の意味は余剰であることが稀ではなく、さらに動詞が接続法の形をとることが多いことをコーパスを用いて統計的に確認した。neは接続法とともに一種の補文標識としての機能があること、また、この標識の出現は先行する主文における否定要素が引き起こすと考えられることを示した。この研究成果について昨年度に口頭発表を行ったが、今年度は論文としてまとめた(2017年秋に刊行予定)。 2. 現代ドイツ語の否定の不定代名詞keinは、古高ドイツ語では肯定でない文脈に現れる極性表現であり、中高ドイツ語期に否定の意味を持つようになったことを、コーパス分析を通じて明らかにした。また、この歴史的変化は不定冠詞einの文法化と関係があることをテーゼとして示した。この研究成果について5月に口頭発表を行い、その後、論文としてまとめた(印刷中)。 3. 一般に否定表現の通時的変化はJespersen’s cycleとして知られている。ドイツ語では、単独否定ni / neから累加否定ne...nihtを経て、単独否定nichtへの変化がこれに当たる。本科研費課題の4年にわたる研究の最後に、ドイツ語の否定表現では、文否定の副詞nichtだけでなく、否定の不定代名詞keinもある種のサイクリックな変化をしてきたことを示し、論文として発表した。
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