最終年度は、前年度までに重点的に検討した仙台藩・熊本藩に関する成果を踏まえて、対象を佐倉藩・米沢藩に広げて事例研究を積み重ね、以下の成果を得た。(1)佐倉藩士向藤左衛門の学問受容と上書の思想的背景を検討し、19世紀前半の佐倉藩政改革においては、上杉鷹山明君像や尊王論的思想が重要な役割を果たしたことを明らかにした。(2)19世紀前半の米沢藩における農村支配に関する基礎的研究を行い、「孝悌」「力田」の教化をめぐる支配の理念と実態について見通しを得た(次年度以降発表予定)。 研究期間全体を通じて、近世の政治改革の場における政治理念(経世理念)の機能と変容について、個別実証的な成果と大きな見通しを得ることができた。(1)18世紀半ば以降、武士の規範や民衆の生活習俗はもちろん、政治支配に関する官民の慣習や農事慣行、救貧・相互扶助などが幅広く「風俗」の語によって捉えられ、「風俗」の善悪が政治に対する評価の基準とされるようになる。(2)近世中後期の政治改革は、あるべき「風俗」の形成を求める官民の志向に基づいて実施されたものと捉えるられる。(3)「風俗」形成にあたって、「孝」道徳や「天理」に基づく「名分」といった理念が重視され、それらの理念に基づいて士民を規範化しようとする教化政策がとられた。これらの経世理念は19世紀以降、大義名分論や忠孝道徳論として再編されるものと見通すことができる。(4)同時に、「富国安民」(国益成就・家業精勤)を第一義とする思潮が、幕藩政治支配の場で顕著となり、「孝」道徳教化もこれに従属する形で行われる事例が多くなる。19世紀以降、主要な経世理念は「富国安民」から「富国強兵」に移行すると展望できる。
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