日本政治学会において、「日米戦争下の昭和天皇と軍事情報」(2013年度研究大会、北海学園大学、2013年9月16日)と題して研究報告を行った。さらに、上記の報告の一部を「昭和天皇と日本の『終戦』」(北岡伸一編『歴史のなかの日本政治2 国際環境の変容と政軍関係』中央公論新社、2013年12月)と題して公表した。 これらの一連の研究において、昭和天皇を取り巻く、小さな出来事についても、新史料を用いて、詳細な実証を行った。小さな出来事の数多くの積み重ねも、昭和天皇の心理状態に影響を与えたと考えられる。皇居が炎上したり、皇居内で特殊防空壕工事が開始されたり、天皇護衛の特殊装甲車などが準備されるなど、本土決戦は、刻々と近づきつつあった。昭和天皇は、皇族軍人から本土決戦準備の実情を聞いていた。また、参謀総長が拝謁した夜、昭和天皇は、急に侍従武官を呼び、書類を要求して、陸軍の書類を読んでいる。こうして、昭和天皇は本土決戦に勝てないと考えるようになっていったのである。 対ソ外交については、現在の研究水準においても位置づけが十分に定まっているとは言いがたい。これは今後も継続して研究をすすめる予定である。終戦時の首相であった鈴木貫太郎についても、最近、いくつかの優れた論文が発表されており、今後の研究課題の一つである。 現在は、占領下の宮中の動きに関して新史料を収集している。昭和天皇や近衛文麿の戦後構想などは十分に明らかにされていない点も多い。国内政治と対外政策の双方の視点から、宮中の動きを分析する必要がある。
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