研究計画において2つの柱とした、広範囲での事例データベースの作成と良好な調査事例にもとづく詳細な儀礼行為の検討の、それぞれについて研究成果の一端を公表することに意を注いだ。前者については日本考古学協会総会において、特に倒置土器の時空間分布の問題を論じ、墓坑内倒置土器と住居床面倒置土器の分布が必ずしも一致しないこと、使用される土器様式についても時期や地域ごとの特徴がみられることを指摘した。このことは、おそらく死者の頭部を覆うあるいはそれに連関する意識が共有されていたとしても、その需要・表現の上で、それぞれ特有の事情のあったことを示している。後者については、京葉地域の廃屋墓における諸行為の痕跡の報告例を詳しく拾い上げて、廃屋墓葬において多様な行為(おそらく多くは儀礼行為)が行われていたことを確認した。廃屋墓は、縄文時代の京葉地域に顕著に確認されるものの、その本質は「イエ」を葬所とする観念にあることから、縄文時代以外の事例についても比較検討すべく、縄文時代北海道・北東北の床面出土土器の事例集成と分析を継続したほか、近世アイヌの洞窟葬や近世琉球の厨子甕など、廃屋墓葬が行われた文化における関連する葬法についても検討を開始した。縄文時代以来、墓制の研究はもっぱら土坑墓を中心としてきたが、イエと墓の密接な関係性と、その構成原理・理念を比較人類学的に検討することで、従来想定されてきた縄文時代の世界観を修正し得る可能性がある。また、本研究は、こうした広範な理念とともに、各地域・各時期での具体的な表現方法の差異についても検討しており、縄文文化あるいはその中での各地域文化の個性を理解する上での基礎資料となるものと考える。なお、成果の一部は新潟県・山梨県・神奈川県において一般あるいは文化財担当者向けの講演で講評するとともに、出土状況記録の重要性を周知した。
|