本科研では、中国とベトナムの国境ライン、すなわち中国の広西チワン族自治区、雲南省、ベトナム東北部のクアンニン省などにおける漢族の文化表象、空間/景観形成、エスニシティの再構築について調査をおこなってきた。従来、これらの地域では中国に出自をもつ少数民族の研究は盛んに行われてきたが、漢族についての研究が乏しかったため、まず中国-ベトナム国境ラインの漢族についての理解を深めた後で、漢族文化を資源とする空間的特色の形成について調査をした。
その結果明らかになったことは、中国南部では華僑や客家など漢族の下位集団の文化を特色として抽出し、街づくりや村おこしをしようとする動きが、ここ10年間のうちに高まっているということであった。このなかには少数民族だけに飽き足らず漢族を文化資源として観光化や経済投資の誘致に生かそうとする戦略が見え隠れしており、それにより、例えば客家と名乗っていなかった人々まで客家としてのアイデンティティを強め文化産業に従事するなど、エスニシティの再構築がみられた。
他方で、ベトナム北部では、1970年代末の華人排斥運動の影響で大多数の漢族住民が移住しており、現地に残った漢族も漢族としての出自や文化を隠してきた。ただし、彼らはベトナム南部、もしくは中国、アメリカ、オーストラリアに移住するにつれ、漢族の新たな特色を発見し、それを強調するようになっていることが今回の調査で判明した。特に、華人排斥運動の前にクアンニン省に住んでいたンガイ人は、移住により客家としての自意識に目覚めるようになり、一般的に客家文化と表象される要素を特色ある資源として生かすようになっている。また、彼らは海外から中国南部の空間政策に寄与することもあり、移動により形成されたグローバル・ネットワークが漢族の空間的利用に重要な役割を果たしていることも明らかとなった。
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