最終年度は、オーストリアにおける緊急避難論について調査すべく、オーストリア・ウィーン大学の刑事法研究所(Sunanne Reindl-Krauskopf教授)に出張し、資料収集や意見交換などを行った。その結果、前年までに調査したドイツ及びスイスにおける緊急避難論との異同についての知見を得た。ドイツ語圏諸国においては、正当化的緊急避難と免責的緊急避難との区別(二元説)が当然の前提となっているところ、オーストリアにおいては、免責的緊急避難を規定するオーストリア刑法10条のような規定が、正当化的緊急避難には存在しない。そこで、学説において、主としてドイツの学説に依拠しつつ、正当化的緊急避難の議論が展開されている。 こうした状況において、オーストリアにおいて特に重要なのは、免責的緊急避難の基礎となる責任論の理解が、他のドイツ語圏諸国とは異なる点である。Nowakowskiの性格責任論の影響を強く受けたオーストリアにおいては、免責的緊急避難の理解においても、量刑責任の理解においても、単なる規範的責任論を超えた議論が展開されている。こうした責任論のあり方をより緻密に検討することで、免責的緊急避難についての新たな知見が得られるのではないかという結論に至った。 研究期間全体を通じて、ドイツ、スイス、オーストリアとそれぞれに共通する緊急避難の制度設計(すなわち二元説)の中で、個々の要件・効果や、緊急避難の適用が問題となる事例の異同などの検討によって、従来の我が国では議論されていない問題領域(DV反撃殺人事例)を明確化しつつ一定の解決を示し、また、責任論の基礎に立ち返った制度設計が刑法全体にもたらす影響などを考察することができた。
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