本研究は、企業再編における取締役の行為規範とその実現方法について検討することを目的とするものである。研究成果としては、次の点を明らかにした。まず、企業再編における取締役の行為規範は、第1にその企業再編が企業価値を高めること、第2にそれを前提として株主が受け取る対価が公正となることの2点について経営者としての合理的な裁量のもとで検討して、いずれについても肯定できる場合にはその企業再編を行うべきである。そして、その実現方法としては、事後的な手段としては取締役の責任が最も重要である。独立当事者間で行われる企業再編の場合には、上記の行為規範に従って取締役が行動したかどうかの判断基準としては経営判断原則を用いるのが適切である。また、株式買取請求権・価格決定申立ての事件においても、問題となっている企業再編が独立当事者間取引で行われたと評価できる場合には、株主にその申立てによって利益を得させない価格を裁判所が命じることにより、通常の訴訟における請求棄却と同じ機能が得られるところ、実際の裁判例の多くもこのように運用されていると評価できる。企業再編において適切に取締役が行動した場合に、事後的に、裁判において非難されないように制度を運用することは、取締役が適切に行動するインセンティブを与えるための必要条件であり、この点を明らかにすることは、企業再編の効率的な実行を促すことにもつながるという貢献がある。また、利益相反問題があるような場合には、その手続き面を中心に、上記の取締役の行為規範に従って行動したかを評価し、そのように行動しなかった場合には、取締役の責任を認め、また、株式買取請求権・価格決定申立てにおいてはあるべき公正な価格を裁判所が独自に命じなければならない。適切な行動がとられなかった場合には責任が発生することも、取締役に適切なインセンティブを与えるための必要条件である。
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