社会的選好とは、「他者の満足をどれだけ重視するか」、「どのような物やお金の分配の仕方を望ましいと思うか」等、自分の取り分以外に対する嗜好のことである。本研究の目的は、人々の社会的選好はどのように形成されてくるのか、その際、人々が住む社会・経済環境はどのような影響を与えるのか、を考察することであった。 多くの人々にとって、物やお金をどのように分配すれば良いと思うかは、自分の住み慣れた社会でどのような分配方法が望ましいと思われているかに依存する。さらに、ある社会で望ましいと思われている分配方法の多くは、その社会で長い期間くり返されてきた分配方法である。そのような分配方法がその社会で合意され、くり返されるためには、何らかの物理的・法的・経済的要因があったはずである。 そのような問題意識の下、本研究(特に最終年度)では、「ある地域で長い期間、住民によって自発的にくり返されてきた分配方法は、そもそも、どのような要因によって合意されるに至ったのか」を考察した。より具体的には、共有の灌漑用水を分け合い、私有する土地で農作物を育てるという状況に焦点を当てた。そして、このような状況では、限界生産力が逓減するのであれば、私有権を尊重し、私有されている土地の面積に応じて分配する灌漑用水の量を増やすことが、①灌漑用水の利用に関する制約が全くない状況よりも全ての住民にとって望ましいこと、また、②そのような分配方法はパレート効率的であることを、ジョン・ローマーらによる規範的分配理論を応用することによって明らかにした。
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