本年度はこれまでの研究を継続するとともに研究全体のまとめを実施した。 まず、新たに公共政策における市場競争の取り上げられ方について、Jルグランの準市場論を検討した。イギリスにおける1980年代以降の改革は、専門家による画一的に提供されるサービスから民間部門・非営利部門を含む多様なサービス提供者間から選択する制度への転換点にあった。この基底には、従来市場による提供が馴染まないと思われていた領域においても適切な枠組みによって成果を上げることができるという価値観の転換を看取することができるからである。しかしながら、市場競争を導入するという一連の改革を新しいパラダイムとして単線的に捉えるべきではない。というのも、その初期にあった費用対効果を高めるという「安価なサービス」からより消費者の「満足の高いサービス」を追求するという多様な政策目標が見られるばかりでなく、市場への信頼を強く見ることのできるサッチャリズムから次第に適切に市場を作動させるという議論が展開されているからである。 研究期間を通して本研究では、福祉国家の再編とその思想的基盤を思想の生産者(理論家)と利用者(政策当局)とを対比させながら、重層的な関係性を解明することを課題としてきた。この観点は、ハイエク思想とサッチャリズム、およびルグランらと公共サービス改革の基盤とを対比させる一連の研究のなかで一定程度考察を深めることができた。特に民間部門を重視するというハイエクの初期の理念を実現するために、サッチャー政府は手段としては国家の権力を活用している手法が、両者の関係性を改めて明らかにした。しかしながら、これらの考察のなかで新しい課題もまた生まれてきている。というのは、政策への影響は、単に両者の直接的な関係性だけでなく、シンクタンク等を通した間接的な関係性が大きな影響を与えていることも浮き彫りになったからである。
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