本研究の目的は、日本の産業発展との関連性を念頭に、都市所在工業の実態や特質、歴史的変容を解明することである。具体的には1. 特許、2. 工業教育、3. 取引関係、4. 災害からの復興過程の4点を分析の起点とする計画であり、最終年度である本年度は、進行中のデータ整理作業の遂行と各実証分析の公表が目標であった。 成果の公表では、まず1.特許に関し、人力車の「発明者」とされる人物の処遇を通して、明治期における特許制度創設の社会・経済的意義を論じる日本語論文が公刊された。同論文は、特許制度の導入を生産・流通及び税に関する諸制度の再編成の文脈のなかで描き、経済活動の自由度の高まりや、そのもとでの同業者管理の再編を指摘した。特許制度の利用は都市部に集中しており、以上の分析は、都市工業やそれが依拠する都市社会に対して近代化がもたらした変化を捉えようとするものである。 また、3.取引関係に関し、明治前期の東京における工場用汽缶の普及実態と、当該期の機械・金属製造業者を取り巻く多様なネットワークを描出した日本語論文が公刊された。同論文では工場用汽缶の調査資料を用い、舶用汽缶の需要と、官営工場製品の中古品を含む流通とが普及を促進した様を明らかにした。さらに、取引・契約関係に限定されず、官営工場を共通の前職とするといった人間関係を含む緩やかな同業者間のネットワークが、各業者の技術力の向上や事業内容の展開を促進し、都市における多様で高品質な製品の供給を可能にしたと結論づけた。 データ整理作業については、2.工業教育に関わって、工業教育機関卒業者の就職先のデータを構築し、それが上述のネットワークに与えた影響などの分析を進めている。 以上、出来事や経緯の分析と量的な把握との双方を踏まえ、都市部の製造業者が事業の創出や展開に積極的に挑む様や、それを支えた業者間のネットワークの実態を明らかにした。
|