研究課題/領域番号 |
25780311
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研究種目 |
若手研究(B)
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研究機関 | 山口大学 |
研究代表者 |
右田 裕規 山口大学, 時間学研究所, 講師 (60566397)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | ナショナリズム |
研究概要 |
本年度は、研究課題に関連する内外の研究史の批判的検討、並びに研究課題についての基礎的な調査と考察を中心に研究活動を行なった。とりわけ重視したのは天皇の祝祭のスペクタクル化という事態の史的意義をナショナリズム論・文化論的に再検討する作業である。つまり20世紀初期において君主の儀礼にまつわる視覚的な商品を厖大な量で氾濫させた私企業・官業(メディア産業、ツーリズム業界など)の経済活動が、同時代の人びとのナショナル・アイデンティティ編成とどう関わりあっていたか、という問いについて、集中的な調査と分析を行なった。明らかにしたのは次の2点である。第1に、祝祭にまつわる多種多様な視覚商品・広告の氾濫、祝祭のスペクタクル化という事態から第一義的に帰結したのは、資本制的な生産様式に適合的な眼の拡大であったこと。君主のスペクタクルに対する同時代人たちの視的欲望の質は、近代都市空間の諸々のスペクタクルで発現する知覚様式ときわめて相同的だった。言い換えるならば20世紀初期の天皇の祝祭は、商品経済と密に結びついた帰結として、抽象的な商品の集積体として世界を知覚・欲望する主体を超地域的・超階層的に編成する視覚装置として社会的に作用した。第2に、資本による祝祭のスペクタクル化とは、君主制ナショナリズム形成とはむしろ相いれない動きであったと理解できること。モノを見ることに特化した祝祭体験は、同時代人にとって自己の〈民族的〉な出来事・記憶を構成する体験としての十全な深度や濃度をもたなかった。本年度の研究活動では、以上の2点から、近代君主制国家の祝祭商品市場編成の歴史社会的意義をナショナリズム論的な解釈へと一義的に回収してきた従来の見解とは対置される知見を析出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、近代日本社会にあって、天皇家の祝祭にまつわる商品群の大量生産・流通という事態が、君主制ナショナリズム編成とどのようにかかわりあっていたのかという問いについて、同時代の民衆の集合的経験・意味づけの位相からあかるみにすることを目的とする。本年度の研究活動は、視覚的な祝祭商品・広告の氾濫=祝祭のスペクタクル化という視点から、この問いに対するアプローチを行ない、なおかつ従来的な見解とは違った新たな知見を提起したものと位置付けうる。祝祭商品市場編成という事態の歴史社会的意義を綜合的に明るみにするまでには至っていないものの、この点で本研究の計画は概ね順調に進捗していると考える。
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今後の研究の推進方策 |
今後の推進方策としては、次の3点が挙げられる。第1に、大正・昭和初期の日本社会で祝祭関連の商品が大量に流通していった事態の文化的社会的機制について調査・考察をすすめること。この課題についてはヨーロッパの君主制国家の事例との比較をも視野に含めつつ、商品化を進めた代表的な企業の社史・考課状、広告業の業界誌・年鑑、祝祭開催地の自治体の文書、同時代の経済雑誌記事などを手がかりとしつつ検討を行う。第2に、祝祭商品の氾濫とりわけ祝祭とは意味論的に結びつかない記念商品の氾濫という事態にたいして、国家がどのような行政的・司法的措置を講じていたのかについて調査を実施すること。この課題については内務省警保局や警視庁、自治体内務部などがのこした関連資料からアプローチを実施する。第3に、祝祭商品に対する民衆の欲望の相貌についての綜合的な調査・考察である。かれらはどのような動機から祝祭商品を購入し、またどのような祝祭商品を選好する傾向にあったのか、などの問題群について、同時代人の日記や回想録、営業報告書等を手がかりとしながら包括的に明るみにすることを目指す。
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次年度の研究費の使用計画 |
本年度は、世紀転換期における君主の祝祭の商品化という史的事態にかかわる内外の理論的・経験的研究の検討と整理、ならびに日本近代における天皇の祝祭の商品化に関する基礎的な資料群(祝祭商品のうちでも最も代表的だった視覚的な商品に関する資料群)の調査を重視しつつ研究活動を実施した。そのさいの文献探査・資料収集が予想よりもかなり円滑に進んだため、資料調査旅行の回数並びに資料の購入額が予定額を下回り、旅費と物品費に繰り越し分が生じている。 次年度の研究活動では、天皇の祝祭の商品化をめぐる民衆・資本・国家の動向の全体像を明るみにするため、より多角的で幅広い資料を調査・収集する作業が必須となる。そのため次年度の研究費使用にあたっては、繰り越し分と合わせ、とくに資料調査のための旅費と資料購入費に重点的な配分を行う。
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