本研究は、エスノ社会学的パースペクティブを用い、小児科医が患者の死をどのように経験しているのかについて探索的に調査したものである。4年間で22名の小児科医にインテンシブな聞き取り調査を実施した。 最終年度にあたる本年は、追加インタビューを実施し、生成過程にあった仮説モデルの完成を目指した。小児科医は患者の死にさまざまな感情を抱きながらも、常に冷静な振る舞いを求める職業規範を参照しながら、感情(表出)をコントロールしていた。しかし、近年ではこうした医師の行動を規制する感情規則が変化し、感情を素直に表出することに対する認識の変化もみられた。 調査協力者のなかには、「やり尽す医療」に対する違和感を抱いている医師もいて、その問い返しの作業のなかで、「患者目線の医療」や「患者と共に揺れる医療」が模索されていた。また、数は少ないものの、遺族との対話は、自身の医療実践を振り返り、その意義づけを行ううえで重要な機会となっていた。 調査協力者はさまざまな苦悩(サファリング)を抱えていたが、個人的な対処を求められる傾向が強かった。その背景には、主治医制や職業規範、遺族と関わる機会の少なさなどの要因があった。現在のところ、医療現場において、苦悩を抱える医師を支援する体制はきわめて脆弱であり、こうしたサポートネットワークの構築・整備が今後の課題であることが明らかとなった。また、救命・延命に第一義的な価値を置く「回復の語り」(フランク)だけでなく、治療の手立てが亡くなった患者への関わりを支えるような新たな語りの構築も求められている。
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