本研究ではハンセン病回復者の当事者性と福祉実践の課題について検討するため、昨年度と今年度にかけて韓国のハンセン病回復者の団体、キリスト教団体、私立療養所、医療福祉事業団体に聞き取り調査を実施した。昨年度の韓国調査において、ハンセン病をめぐる人権認識は過去に比べて良くなったことが調査協力団体から語られたように、ハンセン病回復者をとりまく状況は表面的には改善されたとみることができる。しかし、今年度のハンセン病回復者団体への聞き取り調査では、回復者と子・孫世代の隔たりが大きいこと、定着村が社会から隔離された場所であるという限界を持ちながら存在し続けていたことが語られた。このことから、ハンセン病回復者が抱える課題や葛藤は個人に内在化され、かれらの当事者性が社会的には依然、不在化された状況にあることが把握できた。また、韓国のハンセン病政策の特質は先行研究において「保護-恩恵」の構造として示される。こうした構造下で定着村やハンセン病者に対して行われたキリスト教団体や朴正煕元大統領夫人による福祉的支援は「救癩」を主眼とするものであり、社会に対する啓発という点では意義を有しつつも、かれらの安定した社会生活を実現するという点では限界がある。日本において国立療養所入所者による「らい予防法」闘争、療養所内の生活改善運動は隔離収容政策下を生きる入所者の当事者性を基盤とする実践であった。その運動の意義は安定した療養生活の獲得に見出すことができる一方、強固な隔離主義の下、隔離収容政策の撤廃を前面に出して運動を展開できなかったという限界も有している。当事者性に基づく運動を社会変革という視点をもって受け止めたうえで、隔離収容政策下におかれたハンセン病回復者の解放をかれらとともに目指し、かれらの当事者性を社会的に共有することを取り組み課題として認識することができなかったという点に福祉実践の限界が現れている。
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