人は自らの身体状態を監視することで得た情報を利用して,自分を含む社会的世界の心像を形成する。監視の対象となる身体状態は状況に応じて様々であるが,本研究課題では物理的な温度の知覚に焦点を当て,身体で感じとった温度が自分や他者を認知する際にどのように作用するかを検討した。平成27年度には,前年度から行っている実験ならびに調査を継続するとともに,その成果を国内外の学会にて発表した。主な成果は以下の通りである。 実験:前年度から継続している実験室実験では,身体の温度が変化した原因を内的に帰属するか外的に帰属するかを教示によって操作し,潜在連合テスト(Implicit Association Test)を用いて自己と他者の潜在的な認知を測定した。標本サイズが大きくなっても,物理的温度の効果は維持され,身体温度が上昇していると教示された参加者は,外界の温度が上昇していると教示された参加者よりも,自己と温かさの潜在的連合が強いことが示された。 調査:自分の身体状態への意識の強さが,物理的温度の知覚と自己認知との関係を調整するかを検討した。身体状態への意識と相関する日常的な状況の一つに健康状態があり,健康状態が良いときには身体状態に意識を向けにくく,健康状態が悪いときには身体状態に意識を向けやすいと考えられる。自分に対する顕在的感情ならびに潜在的感情を測定し,同時に室温を測定した結果,健康状態が良い調査対象者においては,室温と感情との相関的な関係がみられた。身体状態への意識が高まっているときには,身体状態に起因する誤帰属が生じにくいことを示唆する結果である。
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