本研究は,甲状腺疾患専門病院での心理臨床を出発点とし,心身症・身体疾患に対する心理療法的アプローチの可能性を探るために,心と身体の関連を捉えることを試みた。実際にカウンセリングに一定のニーズのある甲状腺摘出術に焦点を当て,心理検査を通して,手術めぐる心理的動きについて検討した。心理調査は,トロント・アレキシサイミア尺度,バウムテスト,半構造化面接から構成され,術前と術後6ヶ月目の2回実施された。対象は,専門医と相談の上,予後良好で生命に関わる病態ではないことを条件とし,主治医と協力者本人の同意を得て,バセドウ病(GD)群と甲状腺乳頭がん(TPC)群が置かれた。 研究1では,一般群・神経症群との比較から甲状腺疾患群全般の特徴を明らかにした。バウムテストでは,甲状腺疾患群に心理的境界や統合性の曖昧さが見られ,心理構造にある種の守りの弱さを抱えていることが推測された。半構造化面接では,自らの苦しさやネガティブな感情に気づきにくく,ポジティブな語りの背景に悩みや苦しみを抱えている可能性が示された。甲状腺疾患群内の比較では,手術群では初診群より境界の強化が見られたが,境界の弱いバウムはその程度が大きく,心理的守りの薄れる事態に際しては慎重かつ丁寧な関わりが求められることが考察された。 研究2では,甲状腺疾患手術群(GD群とTPC群)において術前・術後の心理指標の変化を明らかにした。アレキシサイミア尺度では両群共に手術前後で差は見られなかった。バウムテストでは,ほとんど変化の見られない事例と,境界や統合性にみる心理構造に崩れの生じる事例とが見出された。これらの事例では,半構造化面接で,手術を契機に心理的テーマが明確になり,自らを振り返る動きが生じていた。手術という決定的な身体変容と並行して心理的動きも深まりつつあり,それによっていったん不安定になっていることが考察された。
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