ヒトを含む動物は、報酬に接近し罰を回避するという種を超えた普遍的な行動の機構を備えている。そのメカニズムの解明は動物行動の一般原理に関する理解に大きく寄与するものと期待される。サルを被験体とした報酬獲得行動の神経科学的研究において、報酬として最も広く一般的に使用されているのは、水や果物ジュースといった味覚刺激である。そこで、本研究では、サルの報酬獲得行動における味覚刺激の報酬価を測定するため、味覚反応テスト(Taste Reactivity Test)をもちいて、味溶液摂取時のサルの表情を詳細に記録・分析した。味覚反応テストは、味覚刺激を呈示された際に動物が示す表情や下の動きを定量化するものであり、げっ歯類における神経科学・行動科学領域で確立されている方法であるが、霊長類を用いた研究は数が少なく限られた知見しかない。 実験は3頭のカニクイザルを被験体としておこなった。味刺激は、ショ糖(甘味)、食塩(塩味)、塩酸(酸味)、塩酸キニーネ(苦味)の4基本味に加えて、第五の基本味とされる、うま味刺激として、グルタミン酸ナトリウム(MSG)、イノシン酸ナトリウム(IMP)、およびMSGとIMPの混合溶液をもちいた。その結果、甘味刺激は苦味刺激などの嫌悪性の味刺激よりも多くの舌の運動(Tongue Protrusion)を惹起する傾向はあったものの、データの分散が大きく統計的に有意なレベルには達しなかった。また、うま味刺激単独呈示とうま味混合刺激呈示による結果の比較も同様に、統計的に有意な差が検出されるほどの違いは認められなかった。味覚反応テストによる味覚刺激の報酬価測定を霊長類に適用するという試みは、新規性および重要性を有するが、より確かな結果と結論を得るには、被験体の数を増やす、同一被験体でより多くの実験を繰り返す、適切な味溶液の濃度設定をするなどの修正が必要であると考えられる。
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