現代化学の発展に不可欠の役割を果たした有機電子論の歴史的・認識論的価値を評価する立場から,高校化学教育における「炭素化合物の化学」の教育内容・教材の検討を行った。 1. 電子対の数によって分子の形を簡易的に予測できるVSEPR理論について教育内容の論理的構造を検討した。先行研究(佐藤2009)では,単結合の教育に成功した一方で,多重結合においては「理屈がわからない」とされていた。そこで理論創設者(Gillespie1992)の「多重結合全体をより大きいひとつの結合領域とみなす」という見解にもとづき,多重結合への拡張性を有するものとしてVSEPR理論の教育内容を構築した。 2. 電子論的理解を進めるためには,官能基を含む場合は特定の反応を示し,含まない場合は反応しない事実を通じて,変化しにくい部分と変化しやすい部分を区別させる必要性がある。そこで「自然の累層性」に関する田中(1960,1963,2006)の論考に基づき,自動車の大衆化による石油化学工業の発展過程に注目した。この史的展開において重要なモメントは熱分解技術の発達だった。そこで,熱分解精製物を区別に値する物質群として選択し,精製物の変化の有無を通じて区別を導き,化学変化の基本原理を導入する立場を採用した。その上で,炭化水素基と官能基を区別させるための教育内容構成の要件を整理し,その要件を満たす教育内容の骨子と論理的骨格の仮説を提示した。 3. シトッフ(1962)による「モデルの認識論的機能」の考察のうち,「鎖:理論―観念的モデル―物質的モデル―実験(実践)-現実」の特徴を明らかにし,化学教授におけるモデル導入の論理的条件を考察した。 4. 2・3で得られた教育内容・教材研究の成果をもとに,具体的な授業過程のレベルで具体化を進め,授業プログラム(炭素化合物の化学:原油の分離技術)を作成した。
|