アメリカ合衆国の通学制聾学校は、公立学校内に設置されるという立地的条件において通常教育に近接したが、教育目標・内容・方法の面でいかに通常教育に近似していたかといえば、その状況には都市や時代によって異なっていた。例えば、シカゴ校では、19世紀末までは聾者教師が中心であったこと、就学促進が優先課題であったこと、教育環境が適切でなかったことなどから、通常教育への近似は限定的であった。一方、20世紀に入ると通常教育への近似へ改革がなされるが、これは従来指摘されていたような聴者による一方的な主導ということだけではなく、聾者である関係者らも同化的な教育に賛同しており単純ではない過程を経ていた。
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