研究課題/領域番号 |
25790057
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研究種目 |
若手研究(B)
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
山崎 詩郎 大阪大学, 産業科学研究所, 特任講師(常勤) (70456200)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 半導体 / 表面 / 低次元系 / 物性 / 電荷密度波 / 走査トンネル顕微鏡 / 原子間力顕微鏡 |
研究概要 |
物性物理には電子と格子の協調が織りなす興味深い現象が数多くある。その一例が超伝導や電荷密度波(CDW)である。これまで、原子スケールで電子と格子を同時に直接観測する手法はなかった。本研究では低温で表面電荷密度波となるIn/Si(111)-4x1表面超構造を対象に非接触型原子間力顕微鏡(AFM)と走査トンネル顕微鏡(STM)の同時測定法を活用しこの問題に切り込んだ。当該年度では4x1表面自体と欠陥周辺に現れるCDW的変調の室温測定に集中した。 申請書には【課題1】として『電荷密度波(STM)とその格子歪み(AFM)の原子スケール直接検出』を掲げた。その準備として室温で4x1表面上でAFM/STM同時測定を行った。その結果、AFMによる画像化とSTMとの位置対応付けに成功し、AFMにおいてIn原子鎖が暗く画像化されることが分かった。【課題2】として『電荷分布測定(KPFM 測定)による電荷密度波の直接観測』を掲げ、その準備として室温でKPFM測定を行った。その結果、InがSiより100mV程度高い電位を示すことを明らかにした。 続いて【課題3】では『原子欠陥による影響』を調べた。室温で欠陥周辺で誘起されるCDW的2倍変調周辺上でSTM/AFM同時測定を行ったところ、STMでは2倍変調が現れるがAFMでは1倍周期が保たれるという電荷密度波の解釈と矛盾しない結果が得られた。 【課題4】では『AFM 探針先端原子の摂動の影響』を調べた。室温において欠陥周辺のCDW的2倍変調が探針先端の原子の接近に対してどのように応答するかを調べた。その結果、探針が0.47nmの距離では2倍変調が100%残るが、0.27nmの距離ではほぼ消失し、代わりに1倍周期が現れた。 このように、AFMとSTMを組み合わせることで4x1表面に関する格子、電荷分布などの新しい知見と、CDW的2倍変調が探針の効果で消失することが確かめられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初の計画以上に進展したところとして以下のような結果がある。 【装置改造】要素技術として低温低バイアスでのAFM/STM同時測定および、収束イオンビームによる探針の先鋭化によりAFM感度の向上に成功した。これにより世界的に数例しかない力による原子スイッチに成功しその成果は国内外で4回報告され、国際会議にてICSPM20 Poster Awardを受賞した。 【課題1,3】からの派生としてAFM像と同時に散逸像を取得した。そこから、原子スケールで格子の動きやすさといった力学的特性や動きといった動的なダイナミクスを直接観測することに成功した。具体的には内側のIn原子鎖だけが一次元的に非常に強い散逸を示し、原子分解能で動きやすい、もしくは動いている原子が見出された。これらの原子は電荷密度波の相転移のきっかけになっている可能性がある。また欠陥周辺では散逸が0になり欠陥により格子の動きが阻害されていることが分かった。r3xr3やr31xr31では散逸は現れない硬い表面であり、一方r7xr3表面は全体で約1eV/cycleの非常に大きな値を示し、やわらかい表面であることが分かった。これはこの表面が下地から切り離されているという解釈を支持し、これは超伝導相転移に有利に働くと考えられる。 以上の成果はその重要性が認められ速報誌Applied Physics Expressにて即座に公開された。また、成果は国内外の学会で3回報告され、原子分解能で電荷密度波相転移の格子のダイナミクスに切り込んだ新しい視点であることから聴衆から高い注目を集めた。しばらくしてバルクの電荷密度波の動的な情報をAFMの散逸像から得たという報告が「Langer, et. al., Nature Materials 13, 173」からなされ、AFMの散逸による電荷密度波の物性評価という新展開始まったが、本研究の成果は先見があったといえる。 以上の点から当初の計画以上の結果がえられていると判断し、区分(1)を選択した。
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今後の研究の推進方策 |
【課題1,3】に関して、当該年度の研究ではAFM像と同時に得た散逸像から、格子の硬さや動きといった力学的特性や動的なダイナミクスが原子スケールで得られる期待以上の進展があった。これは相転移の機構と密接に関係していると考えられる。この成果をさらに発展させ、低温で相転移を起こし全体でCDW相となったIn/Si(111)-8x2表面に対して同様の散逸測定を行い比較する。具体的には室温で局所的に強い散逸が見られた動きやすいIn列が低温でCDWを形成し凍結することでどの程度散逸が低下するか確かめる。また、室温でCDWを誘起した原子欠陥が低温ではCDWの位相を固定し、原子欠陥の間にフェーゾンと呼ばれる位相欠陥を形成する。フェーゾンではCDWが不安定であるので、そこで局所的に高い散逸が現れることを確認する。また、フェーゾン位置を原子操作で動かすことで散逸が現れる可能性を検討し電荷密度波の操作に挑む。 【課題2】に関して、KPFM測定により列間のIn元素がSi元素より約100meV程度高い接触電位をもっていることを明らかにした。しかしながら列内の電荷密度波の電荷の直接測定に関してはその兆候はあるものの成功に至っていない。室温のCDWは欠陥付近のみで存在する不安定なものである。そのため強い探針の摂動で消失し、KPFM測定で観測にかからなくなっている可能性がある。精度よくKPFM測定を行うには探針と試料間距離を近づける必要があり、必然的に摂動の強い領域に入らざるを得ない。そのため、CDWが安定化する80Kでの測定を行い、引き続きKPFM測定による電荷密度波の直接測定に挑む。 【課題4】に関連して、80Kの実験により全体がCDW相となった状況ではより強い探針の摂動がかかるまでCDW相が消失しないことを確かめる。そこから【課題2】の実施が可能な条件を見出す。 発展的課題として分子の変形の力学的性質、超伝導体での散逸も調べていく予定である。
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次年度の研究費の使用計画 |
当初の予定では室温での測定は予備試験的に行い、本番の測定を低温で行う予定であった。しかしながら室温のCDW的変調の周辺でも探針の摂動によるCDWの消失が観測され【課題4】を部分的に解決できた。またAFM像と同時に得られる散逸像から原子分解能で直接格子のダイナミクスに関する情報が得られるなど予想以上に広がりを見せた。このようなダイナミクスはそれが凍結する相転移温度以上で強く現れるものと考えられる。そのため、室温で新しい知見と手法を確立するのが先決であると判断した。また相転移の研究はその転移前後で比較して意味が深く理解できるので、低温だけでなく室温の測定もしっかり行う必要があると考えた。以上より室温測定の継続を決定した。室温のAFM/STM装置は10年以上用いられておりすでによく整備されているため当該年度に予算を不要に用いる必要はなかった。 一方で、将来の低温測定に必須となる物品についてはすでに購入を進めている。まず超低抵抗のSiサンプルを購入し、80KでもSTMが可能であることを確かめた。また、低温でCDWギャップ測定に必須であるロックインアンプの購入を済ませている。 使用計画については、まずAFM/STMの同時測定を可能にした第3世代のQPlusセンサーの購入を行う。当該年度の成果により収束イオンビームによる探針の先鋭化が可能になったが、これは歩留まりが50%程度であるため、今までの2倍程度多くの探針が必要である。そこで約20本のQPlusセンサー(計100万円程度)を購入予定である。また、実験を低温で行うために大量の液体Heを購入する。100Lで約2万円程度のものを年間約10回で合計20万円と見積もっている。他、新たにデザインしたサンプルホルダーなどの真空部品に20万円使用する予定である。以上より残額約140万円を使用する計画である。
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