先端増強ラマン顕微鏡(TERS顕微鏡)は、光を用いてナノスケールの空間分解能で材料を分析できる超解像顕微鏡である。金属プローブをサンプルの上で走査し、同時に、プローブ先端に発生する局在プラズモン増強場を利用して、サンプル表面のラマン散乱を局所励起する。これまで、カーボンナノチューブや歪みシリコンなどのナノ材料がラマン画像化され、TERSの有効性が実証されてきた一方で、モーター蛋白質などの生体分子ダイナミクス計測にTERSを活用した報告はない。本研究では、TERSを用いた分子の動的ラマン分析を目指して、分子トラッキング法をTERSと組み合わせた、分子追跡TERSシステムの構築を行った。構築したシステムを使って、フラーレン分子の重合過程の時間分解ラマン散乱測定を試みた。その結果、分子のダイナミクス情報をラマン散乱分光から調べるためには、TERSの増強度をより強化する必要が生じた。TERS増強度を高めるために、収束イオンビームを用いて金属プローブのナノ構造を制御し、金属プローブのプラズモン共鳴周波数をラマン励起光に最適化する技術を確立した(Appl. Phys. Exp. 2015)。プラズモン共鳴が最適化されたプローブを用いてカーボンナノチューブのTERSイメージングを行い、TERS測定の増強度と再現性の向上を確認した。また、励起光にプラズモン共鳴する多数の金属ナノ粒子がナノギャップを介して集合すると、TERS増強度が飛躍的に向上することを発見し、計算と実験によってその効果を実証した(投稿中)。これら一連の、高効率プローブ構造の検討は、本研究のみならず、TERS顕微鏡一般に通じる成果であり、分光学的手法を用いた分子のナノ分析法としてのTERS顕微鏡の有効性をより一層高めると確信する。開発したTERSプローブを用いて、引き続き、分子の動的TERS測定に取り組んでいる。
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