提案した血球膜の脂質二重層とその直下に裏打ちされたスペクトリン層間の滑りを考慮したモデルを用いて,せん断速度場における脂質層とスペクトリン層の面積変化がどの程度異なるか調査した.その結果,脂質層は強い面積抵抗を持つため,せん断速度にほぼ依存せずに膜面積の変化が生じない一方,スペクトリン層は脂質内の膜貫通タンパクをアンカーとして適当な抵抗を持ち面積変化が可能となるため,せん断速度に依存し面積変化が生じた.また,せん断速度に依存して,層間の滑りによるエネルギー散逸が非線形的に増加した.これらより,高せん断場における膜間の滑りを考慮した血球運動のモデル化の重要性を示した.また,狭い流路内を通過する血球膜にどのような滑り速度が働くか調査した.流路内を通過する際に付近の膜面に速い滑り速度が発生し,特に血球後端部が通過する際に非常に速い滑り速度が観察され,血球後端部に大きなシワができ不安定な形状となった.これらより,狭い流路内を通過するような一部高せん断場が形成されるような場合,膜間で滑りが誘起され膜面ひいては血球動態に影響を与えることを示唆した.
上記に加えて,本研究主題の一つである血球の接着現象を捉えるための予備的検討として,接着力推定手法の確立を行った.これにより,細胞牽引力顕微鏡(TFM)実験より接着力の空間的分布と強度を得ることが可能となり,提案モデルとの検証・比較を行うことが可能となる.基質を模擬したPAAゲルの深さ方向に任意次数の多項式展開により自由度を確保することで,高精度かつ低コストの解析モデルを提案した.さらに,本モデルを変分問題に基づく逆問題定式化に適用し,接着力の推定を行った.結果,低次の展開次数で接着力の空間分布と強度をある程度の精度で推定できることを示し,シミュレーションモデルと実験結果による比較検討のための基礎的技術の確立を行うことができた.
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