研究課題/領域番号 |
25800206
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研究種目 |
若手研究(B)
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研究機関 | 独立行政法人物質・材料研究機構 |
研究代表者 |
山瀬 博之 独立行政法人物質・材料研究機構, 超伝導物性ユニット, 主任研究員 (10342867)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 物性理論 / 強相関電子系 / 光物性 / ラマン散乱 / ネマチック / 自発的対称性の破れ / 銅酸化物超伝導体 / 鉄系超伝導体 |
研究概要 |
1、軌道ネマチック揺らぎによるラマン散乱理論の構築。電子ネマチックの特徴の一つはフェルミ面上にギャップが開かないことである。その状態でのラマン散乱理論は、電子の自己エネルギー効果を陽に取り込んで構築する必要があるため、一般には難かしい理論テーマとして知られている。しかし、申請者らは既に単バンド模型での電荷ネマチック揺らぎに対するラマン散乱理論の構築に成功している(PRB (2011))。この理論を足がかりにして、鉄系高温超伝導体で示唆されている軌道ネマチックを記述するミニマル模型、つまり、鉄のdyzとdzx軌道を含んだ2バンド模型への拡張を行った。その結果、B1gの偏光配置に対してはネマチック転移温度の高温側と低温側の両方で、一方、A1gに対してはネマチック転移温度の低温側でのみ、準弾性散乱ピーク、すなわちセントラルピークが現れることが分かった。B2gの偏光配置に対しては、軌道ネマチック揺らぎによる散乱は生じないことが判明した。 2、軌道ネマチック揺らぎによる超伝導性の解明。軌道ネマチック揺らぎは、そもそも鉄系超伝導体の高温超伝導機構になり得るのか。このような疑問が研究者間で共有され始めた。そこで、ラマン散乱理論で用いたミニマル模型を使って、軌道ネマチック揺らぎによってどのような超伝導性が導かれるのかを追求した。その結果、長波長、低エネルギーの軌道ネマチック揺らぎによって強結合s波超伝導が導かれること、フェルミ面のネスティングは重要ではないこと、50K程度の転移温度が得られること、ネマチック相の中でも超伝導転移が生じ得ること、そして、クーロン斥力による超伝導性の抑制は顕著ではないことが分かった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
以下の2点が当初の計画を上回る大きな進展と言える。 1、実験と理論の比較。本研究とほぼ同時期にラマン散乱実験が行われた。B1g偏光に対しては理論結果と一致して、ネマチック転移温度の前後でセントラルピークが生じることが確かめられた。B2gに対してはネマチック転移温度の高温側でのみ実験が行われ、セントラルピークが存在しないことが確かめられた。B2gの低温側でもセントラルピークが存在しないこと、さらにA1g偏光に対しては転移点の低温側でのみセントラルピークが出現することの実験的検証が待たれる。 2、軌道ネマチック揺らぎによる超伝導性の解析に成功。軌道ネマチック揺らぎが実際に高温超伝導を導く機構の一つになりえるのか。このような問題意識は当初の計画にはなかったが、ラマン散乱理論の構築に際し、軌道ネマチック揺らぎの特徴をよく理解していた利点を活かして、その問題に取り組み、その成果を論文として出版した。
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今後の研究の推進方策 |
ランタン系銅酸化物において、電荷ネマチック揺らぎによるラマン散乱理論の予言と合致する実験結果が得られている。しかし、電荷ネマチック揺らぎによる散乱プロセスは考察されずに、高次のラマン散乱プロセスを用いて実験データが解釈されていた。これは、実験がなされた当時は、電荷ネマチックの可能性があまり注目されていなかったためと考えられる。 高次ダイアグラムは、電子正孔散乱に対するAslamazov-Larkinダイアグラムで表わせる。計画では直ちに銅酸化物を念頭に計算を始める予定であったが、鉄系超伝導で議論されているスピンネマチック揺らぎによるラマン散乱に取り組む。これは、計算すべきダイアグラムが同じAslamazov-Larkinタイプであること、更に、軌道ネマチック揺らぎの重要性を強調する研究者がいる一方、スピンネマチック揺らぎの重要性を主張する研究者も多数いる実情を踏まえた判断である。 Aslamazov-Larkinダイアグラムに含まれる、ボソンのバブルダイアグラムの特徴を最初に明らかにする。これはスピンネマチック揺らぎの感受率の計算に対応する。次に、バーテックスに対応する電子の三角ダイアグラムを考察し、そのエネルギーおよび波数依存性に着目して、ネマチック揺らぎとの結合が重要である範囲を同定し、どのような近似を行えば良いかを調べる。こうして、ラマン散乱強度を計算することが出来る。既に計算した軌道ネマチック揺らぎによるラマン散乱(最低次ダイアグラムからの寄与)との比較を行うことで、高次ダイアグラムの効果を明らかにする。以上の結果を踏まえれば、銅酸化物を念頭においた理論への応用は容易であり、本研究の最後の半年を銅酸化物に充てる。
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