研究課題/領域番号 |
25800217
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
沙川 貴大 東京大学, 総合文化研究科, 准教授 (60610805)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | ゆらぎの定理 / 情報熱力学 / シグナル伝達 |
研究実績の概要 |
平成26年度の研究において、自律的状処理を行う分子機械について、主として以下のような成果を得た。 (1)大腸菌の走化性など生体内のシグナル伝達においては、しばしばフィードバックループがあることが知られている。我々は、それをランジュバン系で記述したモデルに対して、平成25年度に得られた成果である「ネットワーク上の情報熱力学」を適用した。その結果、シグナル伝達の頑健性が、フィードバックループ内を流れる情報流で定量的に特徴づけられることが明らかになった。ここで情報流は、単なる相互情報量ではなく、transfer entropyとして知られる方向性をもった情報量である。さらに、我々の結果をもとに現実的なパラメータの値でシミュレーションを行ったところ、シグナル伝達は通常の熱力学的効率は必ずしも高くないが、情報熱力学的な効率は高いことが明らかになった。この結果は、伊藤創佑氏との共著で、Nature Communicationsから出版予定である。 (2)自律的な情報処理を行う分子機械のトイモデルである「自律的マクスウェルのデーモン」に対して、相互情報量を含む形にゆらぎの定理を拡張することができた。「自律的デーモン」においては測定とフィードバックのタイミングが分かれていないため、従来の情報熱力学におけるゆらぎの定理は適用できなかった。今回の結果で我々は、ある特別な確率的相互情報量を定義することで、自律的デーモンに対してもゆらぎの定理が成り立つことを示した。この結果は、白石直人氏との共著で、Physical Review Eから出版された。 (3)F1-ATPaseと呼ばれる自律的な分子機械においては内部散逸が非常に小さいことが知られている。我々はこのことを定量的に説明するモデルを提案した。この結果は、川口喬吾氏と佐々真一氏との共著で、biophysical journalから出版された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
研究計画申請書における当初の計画では、平成26年度以降において「具体的なモデル:生体分子機械のモデル」と「一般論:自律的な情報処理のメカニズム」についての研究を行う予定であった。このうち前者については、大腸菌のシグナル伝達とF1-ATPaseのダイナミクスについて、ともに現実的なモデルでの解析を行い、とくに前者について情報熱力学の有効性を示すことに成功した。また後者についても、自律的デーモンに対するゆらぎの定理を導出することに成功した。この意味で、当初の研究計画のかなりの部分が平成26年度中に達成され、当初の研究計画以上に研究が進展していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
平成27年度も、おおむね研究計画申請書の通りに研究を進め、成果を得ることが期待できる。より具体的には、申請書に記載されていながらまだ達成されていない研究目標として、自律的な情報処理を可能にする一般的なメカニズムの解明が挙げられる。とくに、相関を形成・保持し、それを活用したエントロピー移転を可能にするための、複数の時間スケールの分離等の条件について、まだ十分に解明することができていない。そこで平成27年度においては、平成26年度までの成果を手掛かりに、これについての一般的な理論の構築を目指す。手法としては、自由度の縮約や微分方程式における繰り込み群の方法などが有効であると考えられる。さらにそこに確率動力学シミュレーションなどを組み合わせて研究を進めていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた主な理由は、年度末の海外出張に必要な予算が当初の見積もりより小さかったためである。
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次年度使用額の使用計画 |
残額は10万円未満なので、国内の共同研究者との研究打ち合わせのために使用する予定である。
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