本研究では高偏極化した核スピンを用いた磁気相転移の量子シミュレータの開発を行った。核スピン系で量子シミュレータを実現するには、実効的に核スピンの温度を冷却する動的核偏極を行う必要がある。動的核偏極はマイクロ波を照射し、高偏極な電子スピンの状態を核スピンに移すことで核スピンの向きを揃える手法である。本年度は2つの動的核偏極の手法を用いて研究を行った。 ひとつは不対電子スピンを用いた方法で、電子スピン偏極がほぼ100%を実現できる2.85 T、極低温(1 K以下)で実験を行った。核スピン、電子スピンを共に低電力で操作できる自作したコイル型のENDOR(Electron Nuclear Double Resonance)共振器を用いた。フッ化カルシウムにツリウムをドープした単結晶を用いてフッ素核スピンの偏極率を50%程度まで高めることに成功した。しかしながら研究期間内に磁気相転移を実現するには至らなかった。今後はこの高偏極状態に生成したラジオ波パルスを照射することで、核スピン間の相互作用を操作し、量子シミュレーションの実現を目指す。 ふたつめは光励起により三重項状態に遷移した電子スピンを用いた手法で、0.4 T、室温で実験を行った。重水素化ペンタセンを部分的に重水素化したp-ターフェニルにドープしたサンプルを用いた。平均場近似を用いて解析し、水素核スピン偏極が最小で26%あれば磁気相転移が実現できることが分かった。動的核偏極により水素核スピンを34%まで高めた後、回転座標系での断熱消磁を行い核スピン温度を下げた結果、垂直帯磁率にプラトーが現れた。ただし磁気相転移が起こる偏極率と動的核偏極によって得られる偏極率に大きな差がないために明確に磁化プラトーを示せていない。今後はスピン格子緩和時間が長くより高偏極が得られる高磁場で実験を必要がある。
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