ネマチック液晶は棒状分子の長軸が一様に揃った状態であり、その分子全体の向き(配向)は液晶物質と界面の種類・性質によって大きく変化する。本研究ではアンカリング転移と呼ばれる、低温側におけるネマチック液晶の垂直配向状態が温度の上昇に伴い自発的に水平配向へ移り変わるという現象に注目した。特に、同じ相でありながら配向の異なる状態への転移を実験的に検出し、その熱力学的な性質を明らかにすることを目指した。昨年度の研究からアンカリング転移が起こる温度において高感度示差走査熱量測定(DSC)のデータに明瞭な変化が観察されることが分かっていたが、それが純粋に試料の熱容量の変化として関連付けることが可能であるかについて疑問が残されていた。とりわけ液晶の熱伝導率による影響の有無を調べることが必要であった。 昨年度の測定の妥当性を裏付けるためには、配向転移の順番が逆になるような系、すなわち温度上に伴い分子配向が水平から垂直へとなるような系、が本研究の理解を大きく助けると期待される。そのため今年度は、過去の文献を参照しつつ、様々な試料についてアンカリング転移の有無および性質の変化について調べた。まずアンカリング転移を示す液晶物質と類似の化学構造をもつ物質、および混合試料を使って実験を行った。また電場による分子配向の制御を試みた。実験条件や試料によって転移の有無や転移温度は大きく変化することが分かってきているが、昨年度の結果に対して完全に相補的な関係となる系はまだ見出されておらず、引き続き検討がなされている。またこれらと平行して製作した装置を用いて他の物質についての研究も行った。さらに本研究で使われた主な液晶は負の誘電異方性をもつが、これらの物質が示す興味深い現象を見出し、研究を進めた。
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