本研究では、ソフトマター物理を生命系へと展開するために、化学的な刺激に対するソフトマターメソ構造体の応答を理解することを目的としている。また、これまでの研究から化学刺激により膜分子の幾何学的形状が変化するために膜変形が誘起されることを見いだしている。 平成25年度にはpHと膜の変形量の関係を定量的に測定し、そこからpH変化による脂質分子の断面積の変化を膜弾性エネルギーモデルにより評価することを試みた。その結果、特定の組み合わせにおいては化学刺激によりモデル生体膜表面に孔が開くことがわかった。これまでに脂質の幾何学的形状と温度による膜面積の変化を結合することでモデル生体膜表面に孔を開けることに成功しているが、この化学刺激による孔形成においても、化学修飾により膜分子の断面積と幾何学的形状が変化していることが孔形成に密接に関係していることが予想される。 平成26年度は、前年度の研究成果を受け、不均一モデル生体膜に化学刺激を与えた場合の膜変形や孔形成について研究を進めるため、準備としてアニオン/中性脂質,カチオン/中性脂質,アニオン/カチオン性脂質の三種類の組み合わせにおいて、化学刺激を与えるに十分な大きさや強度の二成分モデル生体膜を作製した。 平成27年度は、種々の化学種による刺激を与えて膜変形や孔形成について研究を進めた。その結果、アニオン/中性脂質から成る二成分ベシクルに化学刺激を与えることでベシクル膜面上に孔が開くことが明らかとなった。 平成28年度は、モデル生体膜への化学刺激による孔形成が、化学刺激が膜面積収縮を誘起することによって起きていることを実験的に明らかにした。この結果を受けて、本研究により発見された「化学刺激による膜面上での孔形成」はアニオン性脂質が化学修飾されることにより、脂質間に働く静電斥力と立体斥力のバランスが崩れたことに起因すると予想するに至った。
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