電子の電気双極子モーメント(EDM)は、CP対称性破れの有力な手がかりとして興味がもたれている。特に分子を用いた精密分光実験における電子EDM探査は、近年EDMの上限値を修正し、さらなる飛躍が期待されている。分子を用いた電子EDM観測のためには、分子固有の有効電場と呼ばれる理論値が必要であり、相対論を考慮した分子の電子状態理論を用いて求められる。昨年度は方法論を確立させた論文を報告したが、今年度は新たな分子の提案ということで、ハロゲン化水銀が実験に適するという提案をPhys. Rev. Lett.誌に発表した。さらに、電子EDM以外の常磁性分子が示すCP対称性破れとして、核と電子間に生じると予言されている、スカラー・擬スカラー(S-PS)相互作用が存在する。このS-PS相互作用で生じるエネルギーも、電子EDM実験と同じ観測から得られるため、電子EDM同様に興味が持たれている。またS-PS相互作用を解明するためには、Ws係数と呼ばれる理論値を計算する必要がある。本年はこのWs係数を求めるプログラム開発を行ってYbF分子に適応し、Phys. Rev. A誌に論文が掲載された。また開発したプログラムを用いて、アルカリ土類金属のフッ化物に関する永久電気双極子モーメント(PDM)を系統的に調べPhys. Rev. A誌に論文が掲載された。また有効電場やWs係数がどのようなメカニズムで特定の分子中で大きくなるのかは、分子軌道法の観点から論じられることがこれまでなかったが、そのような解析にも着手し、Hg分子がRa分子よりも大きな有効電場を持つ理由や、HgHの有効電場が大きい理由について、学会発表で議論を行った。これらの研究成果は論文投稿の準備中となっている。また本研究に関する招待講演を国際会議で3件、国内会議で1件本年度に行った。
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