研究課題/領域番号 |
25810010
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研究種目 |
若手研究(B)
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
渋田 昌弘 慶應義塾大学, 理工学研究科, 講師 (70596684)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 光電子分光 / フェムト秒レーザー / 電子ダイナミクス / 有機薄膜 |
研究概要 |
高繰り返し真空紫外フェムト秒パルスレーザー光(VUVパルス)発生装置を開発し、 時間分解光電子分光に用いるための準備を整えた。開発に際し、 「1、VUVパルス発生用真空チャンバー」、ならびにVUVパルスを時間分解光電子分光のための超高真空チャンバーへと導入する「 2、差動排気チャンバー」を設計・製作し、それらを排気、モニターするための、「3、ターボ分子ポンプ、真空計など」の主要物品をそろえた。 これと平行して、VUVパルスから基本波である紫外パルスを除去するため、NTTアドバンストテクノロジー社と協議を重ね、「4、100ナノメートルIn薄膜」をフィルターとして採用した。さらに、VUVパルスを試料へ集光する「5、SiC製凹面ミラー」は、1の設計過程で、当初2枚必要であった光学系を1枚に変更し、購入した。また、VUVパルス発生にもちいる希ガスを精度良く導入するため、「6、真空用移動ステージ」を購入した。 上記の主要構成部品1~6によるVUVパルス発生装置の基本構造は、当初の設計を改定しつつ完成した。一方で基本となるフェムト秒レーザーの最適化に時間がかかってしまい、現状ではVUVパルスの発生には至っていない。しかしこの問題点はすでに克服され、ほぼ調整完了した。 さらに、試料となる有機薄膜の作成・評価を先行しておこなった。これには紫外パルスのみによる時間分解光電子分光をもちいた。その結果、特にグラファイトや金単結晶表面上に蒸着したフラーレン(C60)分子が、極めて均質な単分子膜を形成する条件を見出したことに加え、特定の非占有準位が再現性の良いバンド分散を示すことを明らかにした。このことはC60単分子膜がVUVパルスを用いた時間分解光電子分光で標準試料として用いるのにふさわしい系であることを示しており、試料選択については当初の研究計画よりも予想を超えて進展した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
VUVパルス発生装置の開発に際し、各々の構造設計を詳細に検討し、主要物品は当該年度中にすべて納品完了した。改善させた点は、In薄膜フィルターの導入したことと、VUVパルスを反射、集光するSiCミラーの枚数を2枚から1枚にしたことで、発生したVUVパルスの約20 %程度を試料に入射できる設計にした。この利点は、VUVパルスが発生から試料表面までの減衰を当初の想定内に抑えた上で、基本波となる紫外パルスを完全に除去できることであり、時間分解光電子分光に有意である。もう一つの点は、VUVパルス発生部分に、当初予定のキャピラリーではなく、細いノズルから希ガスを噴射させる手法を採用したことである。この手法により、VUV発生装置を高真空に保つことができると想定される。これらのことから研究課題を達成するための必要物品については、より先鋭化されたものとして順調に調達完了できたと考えられる。 一方で、VUVパルス発生の基本となるチタンサファイアレーザーの最適化が十分に進まず、当該年度中の到達目標としていたVUVパルスの発生には至っていない。これはパルスの時間幅を適切に縮めるための光学部品の経年劣化が原因であり、すでに交換し、再調整をおこなった。 次年度からおこなう予定であった標準試料の作成について、先行して進めたところ、有機分子薄膜を極めて均質に作成する条件を見出すことができた。基板である金属単結晶やグラファイト表面の清浄化ならびに薄膜作成条件は、実際には装置により多少の違いがあり、最適化が必要である。この条件を早期に見出したことで、今後VUVパルスを用いた時間分解光電子分光の測定条件の最適化に重心を置き研究遂行できることとなった。 上記のように、目標に到達していない部分もあるが、予想に反して進展した内容もあり、総合的に評価して本研究課題はおおむね順調に進展しているものと自己評価した。
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今後の研究の推進方策 |
平成25年度中を目標にしていたVUVパルスの発生に集中的に取り組む。問題点がどこにあるのかを早期に把握して、対策をたてる必要があることからも最優先ですすめるべき項目である。本研究課題の要は、高繰り返しのVUVパルスを時間分解光電子分光のプローブ光源として適用することにあるが、これは本来、高調波発生によるVUVパルスへの波長変換には不利である。基本となるチタンサファイアレーザーの繰り返しは100-250 kHz程度の間で可変であり、繰り返しが小さいほどVUVへの変換効率は高い。従ってVUVパルスの発生が確認された後は、この強度と時間分解光電子分光の分解能を評価しながら測定条件を最適化する。 上記の最適化は、すでに作製条件を確立した標準試料であるフラーレン単分子膜を用いておこなう。すでに予備実験にてわかっている非占有バンドの分散や、励起電子のフェムト秒での緩和ダイナミクスをVUVパルスを用いた時間分解光電子分光で追跡する。ポンプ光により非占有準位に励起された電子をVUVパルスにより高い運動エネルギーを持った光電子として検出することで、これまで困難であった、広い波数空間領域におけるバンド分散の一括計測を試み、本研究計画の意義を見出す。また、これをさらに発展させ、様々な有機薄膜試料についての同様の知見を深めることで、表面・界面における電荷伝達に支配されている有機薄膜の機能性の起源を明らかにすることを狙うとともに、薄膜において、通常の有機結晶状態とは異なる顕著な電子ダイナミクスを示す系を探索していく。
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次年度の研究費の使用計画 |
平成25年度中におけるVUVパルス発生装置を最適化するための調整物品(たとえばステンレス管、ベローズなどの真空部品、レンズなどの光学部品、真空チャンバーの追加工費など)に企てる予定であったが、これには実際の微調整をおこないながら進めていく必要がある。しかし基本となるチタンサファイアレーザーの最適化が十分に進まず、調整段階まで研究が進まなかったことが原因である。 VUVパルスの発生が確認でき次第、最適化をおこなうための調整物品に企てる。装置の基本構造はすでにできているため、次年度使用額で購入を想定しているものは上記の理由に挙げた既製の規格物品が主である。これらは基本的に即納できる物品であることから、納期が原因となって研究が遅れることはないと考えている。
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