優れた不斉合成反応の開発は、現代有機化学における重要な研究課題の一つである。従来法のほとんどが中心不斉の構築に焦点をあてており、アトロプ異性体(軸不斉、面不斉等)の不斉合成法の開発はほとんど顧みられてこなかった。これは、立体化学的不安定さを潜在的に持つこれらの不斉情報の立体制御構築が困難であることに起因する。 本課題では、その困難とされるアトロプ異性体の不斉構築法の開発、特に不斉合成における高難度課題である動的速度論的光学分割を伴う手法の開拓を目指し、研究に取り組んだ。詳細な検討の結果、ジヒドロフェナントレン誘導体の軸不斉の不安定性を上手く活用した、還元的アミノ化反応を基軸とする不斉開環反応により、望みの動的立体制御による軸不斉ビアリールの不斉合成が90% eeという高い選択性で達成できることを見出した。さらにこの際、用いるアミンの変更により、鏡像異性体のつくり分けが可能となることも明らかとした。アニリン誘導体検討の詳細な結果、高い選択性の発現には水素結合の形成に寄与するヒドロキシ基の位置が重要であり、興味深いことにオルトヒドロキシアニリンを用いた場合のみ、立体選択性の逆転現象が起きていることが分った。昨年度までは比較的合成しやすいオルト三置換ビアリールの不斉合成に基質適用範囲がとどまっていたが、今年度の研究により嵩高いオルト四置換ビアリールにも本反応が適用できることを明らかとした。
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