シルクタンパク質の中でも研究例が多いクモのけん引糸を構成するシルクタンパク質において、その高い機械的特性や光学的性質を実現するためには、ベータシート構造の組成や配向が重要であることが報告されている。自然界におけるシルクタンパク質の機能と、それらのアミノ酸配列、二次構造、および高次構造には様々な相関が示され、高機能材料を生体模倣により創成するためには、非常に有用な天然素材のひとつである。しかしながら、シルク繊維の延伸過程における構造変化と機能の相関を、詳細に解析した例は報告されていない。そこで、Nephila clavipes由来のけん引糸および横糸、Bombyx moriの繭糸を試料として用い、SPring-8放射光X線により解析することで、延伸過程におけるシルク繊維の構造解析を進めた。 延伸前の構造解析では、クモのけん引糸は、ベータシート構造由来の散乱パターンが観察され、結晶化度は、30から35%程度であることが確認された。また、クモの横糸は、結晶性の散乱パターンが観察されず、非晶性の繊維であることが改めて確認された。一方で、カイコの繭から調製したバンドル状のシルク糸も、ベーターシート構造が支配的な結晶構造を有していることが明らかとなり、過去のカイコ繭由来のシルクの構造と良い一致を示した。クモのけん引糸は延伸過程において、ベータシート構造がさらに形成され、結晶化が誘起される一方で、クモの横糸は、完全な非晶繊維であり、延伸によって結晶構造が誘起されることは無かった。また、カイコ由来のシルク繊維は、延伸による結晶化が顕著には観察されず、延伸前から結晶化が十分に誘起されていることが示唆された。これらの結果から、けん引糸は、延伸過程において結晶化が進むことで、けん引糸の過度な延伸を防ぐ役目を果たしており、横糸は結晶を誘起させないことで、クモの餌を捕獲するために必要な巣の光学特性を維持する役割があると考えた。
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