ヒトの器官再生能は低く、手足を失うと二度と再生することは無い。これに対して昆虫は高い再生能を有すことが知られている。コオロギの脚を切断すると、切断部位が傷上皮に覆われ、傷上皮の直下に再生芽が形成される。再生芽は増殖能と多分化能をもつ細胞の集団で、失われた部分は再生芽細胞から再生される。再生芽細胞は分化細胞が脱分化して形成され、再生芽細胞が再分化して失われた部分が再生されるが、脱分化や再分化の分子メカニズムは明らかにされていない。 RNA-seqおよび機能的スクリーニングより、ヒストンH3K27をメチル化するエピジェネティック因子Enhancer of zeste (E(z))が再生過程で働くことを見出した。E(z)に対してRNAiを行うとヒストンH3K27me3レベルは減少し、再生脚において脛節の過形成の表現型が見られた。脛節の基部で切断すると過形成の表現型を示すRNAi個体の割合が高くなり、腿節で切断しても脛節の過形成が起こった。脚の移植により形成を誘導した過剰肢においても同様の形態異常が観察された。 ヒストンH3K27me3の修飾を介してE(z)がエピジェネティックに発現制御する標的遺伝子を同定するため、脚パターン形成遺伝子の発現変化を調べた。野生型と比較して、E(z)RNAi個体では再生脚の脛節と第1付節に発現するdacの発現領域がより遠位側に拡大しており、この発現の拡大が脛節の過形成を誘導したと考えられた。他方、脚切断とRNAiを行うタイミングを変化させ、RNAiを行った72時間後に脚を切断して再生脚の形態を観察したが、RNAiの直後に脚を切断した再生脚と同様の形態であった。これらの結果から、コオロギ脚再生過程において、E(z)はヒストンH3K27のメチル化を介してdacの発現を制御し、再生脚の再分化を調節することが明らかとなった。
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