研究実績の概要 |
細胞は環境変化や他の細胞からの信号を情報処理することにより,自らの制御を行っている.しかし,情報処理の仕組みは,未だ不明な部分が多い.特に,数理モデルを用いた定量的な観点からの研究は少ない. 本研究では,細胞の情報処理において特に重要な役割を担うと考えられているシグナル伝達系の情報伝達に着目し,情報理論の枠組みを適用することで,定量的にシグナル伝達系の情報伝達を評価した.実際の細胞のシグナル強度を1細胞レベルで計測した実データを用い,情報伝達を相互情報量によって測ることに成功している.具体的には,ラットの副腎髄質由来の褐色細胞腫であるPC12細胞を用いて,NGF,PACAPなどの成長因子の刺激によってERK,CREBのシグナル伝達分子を経由してc-FOS, EGR1の早期応答遺伝子まで伝達する相互情報量を調べた.NGF, PACAPの刺激後にPC12細胞は神経細胞へと分化する傾向がみられ,NGF, PACAPは細胞分化を制御する情報を伝達していると考えられる.ただし,細胞が実際に生体内において取り得るNGFやPACAPの入力分布は不明であるため,相互情報量が最大となるような入力分布を用いて,相互情報量を算出している(通信路容量). PC12細胞の情報伝達を調べた結果,成長因子の種類によらず早期応答遺伝子へと伝達される情報量は約1ビット程度であったが,成長因子の種類によって,情報伝達に用いる主な経路は異なっていることがわかった.また,阻害剤を用いた薬理的摂動を与えるとシグナル強度は減少するが,伝達される情報量は頑強に保たれる傾向があることがわかった.情報伝達が頑強である要因のひとつとして,摂動によって損失があった経路の情報伝達が摂動を受けていない経路の情報伝達によって相補することがわかった. 現在,相補性によって頑強な情報伝達が起きる仕組みの解明に取り組んでいる.
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