組織中を這い回り移動する細胞の代表格として、細胞性粘菌や免疫細胞の好中球がある。これらの細胞では、誘因物質の濃度が細胞両端で比較される結果、濃度の高い側でアクチン重合が誘起されて、走化性の細胞遊走がおこると考えられている。ところが、そのような空間的濃度差の比較による勾配読み取り(空間検知)では説明しにくい現象がある。細胞性粘菌は細胞集団中で自己組織的に形成されるcAMP波の濃度勾配を頼りに集合し、多細胞組織を構築する。しかしながら、波の前面と背面は逆向きの勾配のために、波の両面で勾配をのぼると、動きが相殺されて一方向には進めないはずである。これは細胞運動の「走化性パラドクス」として知られる数十年来の未解決問題であった。微小デバイス実験系を用いることにより動的な勾配を作り出し、その下での細胞の走化性運動を詳細に解析した。1細胞ライブイメージング実験と理論的な解析から、cAMP濃度が時間的減少する場合に走化性応答が抑制されるという、整流的な方向の検知によって、一方向の運動を実現していることを明らかにした。また一連の結果から、空間的な濃度を比較することなく、「先に応答した側が勝つ方式」によって誘引物質の刺激が最初にやってきた方向が検知されるという時間センシングによる方向検知が働いていることを示した。さらに、波刺激を周期的に繰り返し細胞に与えることによって、細胞極性が増強され維持されることを見出してきている。方向の検知と細胞極性との関係性については今後の重要な課題である。
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