本研究では、まず、神経上皮組織において高レベルで産生されている活性酸素種(ROS)が胚発生、特に脳発生を制御する可能性の検討を目的として、抗酸化剤により内在性ROSの消去を行った。神経板期のマウス胚を抗酸化剤であるNAC存在下で培養し、脳発生への影響を調べた。その結果、10mM NAC存在下で36時間培養した場合、ほぼ全ての胚が頭部の縮小を示した。頭部縮小の原因を調べるために、凍結横断切片を作製し、免疫染色により細胞増殖、細胞死、細胞分化について解析を行った。切片の形態観察像から、NAC処理胚の脳が著しく縮小していることが明らかとなった。そして、脳全体で神経前駆細胞の増殖低下が認められたが、特に前脳において顕著であった。また、それに伴った神経前駆細胞と神経細胞の数の減少が認められた。細胞死については、野生型と比較して顕著な差は認められなかった。これらの結果から、内在性ROSが神経前駆細胞の増殖とそれに続く神経細胞産生に必須であることが明らかとなった。 神経上皮組織におけるROS産生機構を解明するために、神経上皮組織特異的に発現するROS合成酵素の同定を試みた。しかし現在までのところ、神経上皮において内在性ROSの産生に関与する遺伝子の同定には至っていない。内在性ROS産生機構として、ROSを副産物として排出する細胞呼吸代謝が別の候補として挙げられた。そこで、解糖系および酸化的リン酸化の阻害剤存在下でマウス全胚培養を行ったところ、解糖系阻害剤存在下で脳発生に異常が認められた。この結果は、解糖系が神経上皮における内在性ROSの発生源である可能性を強く示唆している。これまでに、解糖系がROSの産生を介して脳発生を制御するという報告は無く、本研究の成果は新規の脳発生制御機構の解明につながると考える。
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