本研究は陸上植物が新たな生育環境に進出して種分化する過程を遺伝地図ベースで解析することにより、自然選択が生物多様性創出に及ぼす影響をゲノムレベルで解析することを目的とし行なわれた。 渓流沿い植物ヤシャゼンマイがゼンマイから種分化した過程で獲得した適応的な形質を支配するゲノム領域を明らかにした結果、表現型相関がみられる形質は互いに近傍にマップされ、同じゲノム領域に存在することが示された。このことから、各形質に及ぼす遺伝効果が小さい場合でも、複数の形質に遺伝効果があることにより、大きく形態が変わり、強い分断性淘汰の影響を受けることが示唆された。具体的な解析内容は以下の通りである。 種間の詳細な比較観察および形質測定を行い、細葉形質に関わる3形質(葉形指数、小羽片の基部の角度、脈の数)以外にも葉柄の太さや葉面積あたりの重さで種差があったので、作成した雑種後代で各形質間の表現型相関を解析した。その結果、細葉形質と葉柄の太さの間には相関がみられた。いずれの形質も単一の遺伝子で支配されておらず、複数の連鎖群上の遺伝子に支配されていることが明らかになった。それぞれの遺伝効果は大きくない場合が多いが、異なる形質を支配する遺伝子が互いに同じ連鎖群上の近傍に位置していた。つまり、ひとつのゲノム領域にみられる遺伝的分化が結果的に大きな形態形質の差異を生み出していることが考えられる。ヤシャゼンマイの場合、個体が小さい時に冠水による強い選択圧を受けていることが先行研究によって示されていたが、少数のゲノム領域における遺伝的分離によって葉柄が太く、小さいうちに三出複葉になる細葉形質をもつ個体が生じることも明らかになった。渓流沿いの生育環境への適応には、複数の遺伝子が関わっているが、ゲノム領域としては限られていて、野外集団における集団遺伝学的な解析から種分化後も遺伝子浸透がある領域があることも示唆された。
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