食品中への農薬類およびそれらの代謝物の残留はポジティブリスト制により規制されており,生産段階での適切なリスク管理がより一層求められている。しかしながらここ数年,養殖生産の過程では使用しないはずの農薬が一部の養殖魚から検出されている。養殖魚における農薬の残留を未然に防ぐために,十分なモニタリングがなされていることを保証するシステムを確立することが緊急の課題である。 本研究では,培養細胞株を用いたツーハイブリッドシステムなど,ルシフェラーゼ発光遺伝子をレポーターとして用いた残留農薬モニタリングシステムの開発を目的としている。これまでに,エンドスルファンを経口投与したティラピア肝臓の全RNAを用いて次世代シークエンサーによる網羅的解析を行い,CYP1B1遺伝子の発現が上昇することを見出した。ティラピア遊離肝細胞を用いたin vitroの試験においても,様々な農薬の曝露によりCYP1B1遺伝子の発現が経時的に上昇することが明らかとなった。Ensemblデータベースから予測した配列をもとにPROMOにより転写因子結合部位を予測したところ,ティラピアCYP1B1遺伝子の5´上流領域にはAhRの結合配列であるXREが複数存在していた。そこで,研究の焦点をAhRシグナル伝達系に絞り,魚類培養細胞株EPCを用いたツーハイブリッドシステムによりAhRとそのパートナー分子Arntのタンパク質間相互作用を解析した。その結果,高濃度のクロルピリフォスは,AhRとArntのヘテロ二量体形成を促進することでCYP1B1遺伝子の発現を誘導している可能性が明らかとなった。しかしながら,低濃度の農薬暴露ではAhRとArntのヘテロ二量体の促進は見られなかった。本実験では,リガンド非依存的なヘテロ二量体も見られたことから,過剰発現によるAhRの局在の変化が高いバックグラウンドを生んでいると考えられた。
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