研究課題
若手研究(B)
本研究の目的は、Trypanosoma congolenseのベクター体内型ステージであるエピマスティゴート型虫体がツエツエバエの下咽頭に、宿主体内型ステージである血流型虫体が血管の内皮細胞に接着する際の接着分子を同定し、その立体構造を決定することである。当該年度は、研究遂行に必須な原虫細胞の調整と接着分子候補の探索とを以下の通り実施した。昆虫型培養用培地を用いてプロサイクリック型虫体を27℃で培養し、培養フラスコ底面に接着して増殖するエピマスティゴート型ステージへの細胞分化を誘導した。エピマスティゴート型の安定した増殖を確認した後に、その培養上清中に出現するメタサイクリック型虫体を、陰イオン交換カラムを用いて分離した。これを血流型培養用培地に懸濁し、33℃で培養することで血流型への分化を誘導した。エピマスティゴート型については細胞表面に発現する分子をCell Surface Protein Isolation Kit (Thermo Scientific社製)を用いてビオチン標識し、細胞を溶解した後にアビジン結合アガロースビーズを用いて分離した。また、血流型虫体の接着分子は、シアル酸に親和性を持つことが知られていたため、虫体のライセートからシアル酸に親和性を持つ原虫分子を、フェチュイン結合アガロースを用いて分離した。これらをSDS-PAGEで展開した後、全てのバンドを切り出した。これらを接着分子の候補とし、トリプシンによるゲル内消化後、質量分析により部分アミノ酸配列を決定し、これを基にデータベースから遺伝子の配列情報を得た。宿主・ベクター組織への接着は、原虫の分化や増殖に関係する重要な生物現象である。今後、当該年度の成果を基に原虫の接着分子を同定できれば、細胞接着の分子メカニズム解明につながり、原虫と宿主・ベクターとの相互作用について新たな知見を加えることが期待できる。
2: おおむね順調に進展している
本研究課題の遂行には、全体を通してTrypanosoma congolenseの全発育ステージ(プロサイクリック型、エピマスティゴート型、メタサイクリック型、血流型)のin vitro培養系が必要不可欠であるが、これまでに、それぞれのin vitro至適培養条件下で増殖する各ステージ虫体の調整に成功するとともに、これらを安定に維持している。そして、当該年度はこの培養虫体を材料として、研究計画に従ってエピマスティゴート型および血流型虫体の接着分子の探索を実施し、それぞれについて候補となる蛋白質の分離から、質量分析によるその部分アミノ酸配列情報の取得、ゲノムまたはESTデータベースを効果的に活用した遺伝子配列情報の取得まで、概ね計画通りに実施することができた。ただし、年度途中の研究代表者の所属研究機関(北海道大学から東京慈恵会医科大学へ)の異動に伴い、予定していた一部の実験(生化学的手法を用いたエピマスティゴート型虫体の接着分子の分離と質量分析による同定)を実施することができなかった。しかしながら、これまでの研究の準備状況および実施状況から、質量分析(ペプチドマスフィンガープリンティング法またはde novoシーケンス解析)による部分アミノ酸配列情報の取得と、その後のデータベースを活用した原虫遺伝子検索までを円滑に実施できる実験系が確立できており、これについても今後直ちに実施できる状態にあるといえるため、ほぼ問題ないと考えている。また、今後は当該年度に得られた接着分子候補群の発現パターン、局在、生物機能などに関する解析を中心に実施していく予定であるが、上述の全発育ステージin vitro培養系を用いることで、これらの解析に用いる原虫細胞を安定して供給できる状態にあり、その円滑な遂行が期待できる。
フラスコ底面上のエピマスティゴート型虫体を界面活性剤や高塩濃度の緩衝液で処理することで、接着分子以外を段階的に除去できることが報告されている。この方法を踏襲し、エピマスティゴート型虫体の接着分子候補を分離し、質量分析により部分アミノ酸配列を決定後、データベースから遺伝子配列情報を検索する。これと前年度に得られたエピマスティゴート型と血流型の接着分子の候補遺伝子群をクローニングし、大腸菌発現系を用いて組換え蛋白質として発現した後に、マウスに免疫して抗血清を作製する。これを用いたウエスタンブロット法による発現パターン解析並びに間接蛍光抗体法及び免疫電子顕微鏡法による局在解析を行う。エピマスティゴート型、血流型虫体はともに鞭毛で接着するため、解析の結果、鞭毛の表面に局在する蛋白質を接着分子の最終候補とする。これらがエピマスティゴート型および血流型の細胞接着に関与するか否かを、テトラサイクリン誘導性RNA干渉実験系を用いて検証する。ノックダウンにより、エピマスティゴート型では培養フラスコのプラスチック底面とツエツエバエの下咽頭への、血流型では初代培養ウシ血管内皮細胞への細胞接着が阻害されるか否かを評価し、原虫の細胞接着分子を決定する。その後、構造解析に用いるための組換え蛋白質を発現し、FPLCを用いたサイズ排除ならびに陰イオン交換カラムクロマトグラフィーにより精製する。この組換え蛋白質は、SDS-PAGEにより精製度を確認した後に、単結晶を作製し、X線回析装置(Rigaku R-AXIS IV++、Rigaku社製)を用いて構造解析を実施する。得られたデータを基にして、解析プログラムARP/wARPとCOOTを用いてモデル構築を行った後に、REFMACを用いて精密化する。免疫電子顕微鏡法と結晶構造解析は研究協力者との共同研究を予定しており、連絡を密にとりながら実施していく。
研究代表者が当該年度中に所属研究機関を異動したことにより、交付申請時に計画していた実験の一部(in vitro培養下のエピマスティゴート型虫体の接着分子の生化学的手法を用いた分離と質量分析による同定)を年度内に遂行することができなかった。これにともない、その実験実施のために計上していた原虫細胞の維持と調整に用いる細胞培養関連試薬と培養フラスコ等のプラスチック器具類、原虫蛋白質試料の抽出と調整に用いる一般的な試薬およびその電気泳動と質量分析に用いる試薬を購入するための予算の一部を執行しなかったため。当該助成金は研究代表者の所属研究機関の異動が原因で生じたものであり、これを用いて実施する計画であった実験内容(in vitro培養下のエピマスティゴート型虫体の接着分子の生化学的手法を用いた分離と質量分析による同定)自体に問題や変更はない。アフリカトリパノソーマ原虫の細胞接着の分子メカニズムは未解明であり、原虫の接着分子を同定するためには、当該年度に実施したその他の実験によりその候補となる蛋白質を複数決定してはいるものの、多角的なアプローチが望ましいと考えられる。よって、今後、上記の実験を速やかに実施する予定であり、当該助成金はそのために必要な各種試薬類、器具類の購入に係る予算として執行する。その後、各候補蛋白質の生物機能や分子性状に関する詳細な解析を、翌年度分として請求した助成金を用いて計画通りに遅滞なく実施し、本研究課題全体の円滑な遂行に努める。
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すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件)
PLoS Neglected Tropical Diseases
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