申請者はこれまでに、周囲の森林率が高い環境保全型水田(殺虫剤不使用)ほど、イネ害虫の天敵であるアシナガグモ属の個体数が多い事、さらにクモの主要な餌生物であるユスリカ類(ハエ目)が多い事を明らかにした。本年度は、周囲の森林がアシナガグモ属の餌資源量を増やし、それがクモの個体数増加に寄与するというプロセスを明らかにするために、ユスリカ類に特異的な遺伝子マーカーを用いて、アシナガグモ属によるユスリカ類の捕食率の評価を試みた。さらに周囲の森林が水田のアシナガグモ属の個体数に与える正の効果の一般性を確かめるために、茨城・栃木県の広域の水田を対象としたアシナガグモ属の個体数調査を行い、森林率との関係を解析した。 栃木県塩谷町の水田で集めたアシナガグモ属の液浸標本(400個体)を対象に、遺伝子マーカー(mtDNA COI)を用いて、個体ごとのユスリカ類の捕食の有無を調べた。その結果、ノイズが多く実験方法に改善の余地があったものの、全体の40%近くの個体でユスリカ由来の遺伝子が検出された。一方、森林率とユスリカ類を捕食した個体の割合との関係については、有意な関係は見られなかった。その理由として、目的変数にユスリカの捕食量ではなく、捕食個体の割合という荒い指標が用いられた事、クモ類のサンプリング時間にバラツキがあり、ユスリカ類の検出率の精度にブレがある事などが挙げられる。これらの問題を解決するためには、サンプリング時間の統一、さらには餌の捕食量を定量化できる方法の開発が必要である。 茨城・栃木県広域におけるアシナガグモ属個体数の解析では、クモの個体数と森林率との間に有意な関係を検出する事はできなかった。その理由として広域の空間スケールでは、森林以外の異なる環境要因も影響している可能性があり、対象とする空間スケールによってアシナガグモ属個体数の規定要因が異なる事が示唆された。
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