研究課題
遺伝子の発現のみならず、DNA修復の進行にもエピジェネティクス制御は必須であり、その破綻によるゲノム不安定化はがんなどを引き起こす。クロマチン構造に加え、クロマチンの核内空間配置がエピジェネティック制御の分子基盤であり、DNA二重鎖切断(DSB)部位の核膜近傍への移行が、出芽酵母で観察されている。出芽酵母においては、DSB領域はNPCのみならず核膜タンパク質Mps3とも相互作用することが報告されている。しかし、NPCとMps3の機能の違いや、DSB領域との結合に関わるクロマチン構造変換複合体は同定されていなかった。これまでに、DSBが生じた際、SWR1複合体と共にINO80複合体がDSB領域に結合し、DNA修復に協調的に機能することが報告されていることから、両複合体が協調してDSBの核内空間配置を制御し、ゲノム修復のエピジェネティック制御に関与することが示唆された。そこで、DSB領域の核膜近傍への移行の機構を明らかにするために、ガラクトース添加により誘導的かつ継続的にDSBを起こすことのできる酵母株で作成されたSWR1およびINO80構造変換複合体の変異株を用い、両複合体がDSBのNPCやMps3への移行に関与するかをクロマチン免疫沈降法により解析した。その結果、DSB領域とNPCとの結合、およびMps3との結合の両方にSWR1複合体が必要である一方、INO80複合体はMps3との結合にのみ必要であった。さらに、NPCおよびMps3の変異株では、異常な組み換えの指標であるuSCRの上昇が観察された。以上の結果から、修復の困難なDSBの正確な修復プロセス進行のためにDSB領域の核膜近傍への移行が必要であること、またDSB領域の核膜移行には複数の経路が存在し、SWR1およびINO80複合体がその経路選択に関与していることが明らかとなった。
2: おおむね順調に進展している
当該年度は「SWR1 およびINO80 構造変換複合体の変異株を用いての、DSB 領域の核膜近傍への移行機構の解明」を行うことを目的としていた。具体的には、修復困難なDSB領域が核内部から核膜近傍へ移行し、不必要なDNA組換えの抑制などに関わる際に、SWR1およびINO80複合体が、DSBの核膜タンパク質への移行に関与するかをクロマチン免疫沈降法(chromatin immunoporecipitation; ChIP 法)により解析した。実験系としては、ガラクトース存在下でHO エンドヌクレアーゼを発現させることで特定の一か所のみにDSB を誘導的に起こすことのできる株でSWR1およびINO80複合体変異株を作成し、これらの株について核膜タンパク質NPC やMps3に対する抗体を用いてChIP を行った。沈降画分からNPC およびMps3 と結合したDNA を精製し、DSB 領域の沈降率を定量PCR で検出することでNPC およびMps3 とDSB 領域との結合を数値化した。その結果、DSB領域の核膜移行には複数の経路が存在し、SWR1およびINO80複合体がその経路選択に関与していることが明らかとなった。このことから、当該年度の目的であるDSB 領域の核膜近傍への移行の機構の解明について、詳細については更なる解析が必要があるが、主要な部分については目的を達成したと考える。
酵母人工染色体を用いたヒトゲノム脆弱領域およびトリプレットリピートの安定性維持機構を解析する。ヒトゲノムの中には、染色体脆弱配列やトリプレットリピートが存在し、これらの領域ではDNA 複製時にDSB が発生しやすく、それによるゲノム不安定化ががんや遺伝病を引き起こすことが報告されている。これらのゲノム不安定化を抑制する機構を解析するモデル系として、これらのヒト染色体配列を挿入した酵母人工染色体の安定性について、クロマチン構造変換複合体サブユニットのアクチン関連タンパク質(Arp)変異株や、核膜タンパク質NPC, Mps3 変異株を用いて解析する。クロマチン構造変換複合体機能を変化させる化合物を探索する。INO80 およびSWR1 複合体などに含まれるArp の立体構造は、アクチンと類似していることから、アクチンに結合する化合物のアナログがこれらのArp に結合する可能性が考えられる。Arp に結合する化合物をスクリーニングすると共に、この化合物のDNA 修復への影響を解析することにより、エピジェネティック解析ツールや、抗がん剤などへの応用展開可能な化合物の取得を目指す。
DNA二重鎖切断(DSB)は最も重篤なDNA損傷である。DSB修復経路の一つとして相同組換え(HR)修復が存在するが、HR修復の進行には、姉妹染色分体間の接着(コヒージョン)が重要な役割を果たしている。コヒージョン形成は、通常S期において行われる一方で、DNA損傷依存的にコヒージョンが形成されることも報告されており、姉妹染色分体間のHR修復の効率的な進行に必要である。当該年度に於いて、修復困難なDSB領域が、SWR1およびINO80クロマチンリモデリング複合体依存的に核膜近傍に移行し、核膜孔複合体(NPC)や核膜タンパク質Mps3に結合することを見出した。その結果から、SWR1-、INO80両複合体が、DSB領域をNPCやMps3へ結合させることでS期におけるDNA損傷依存的なコヒージョン形成に関与するという新たな可能性が考えられ、その解析を優先して解析を行うことにしたため。
SWR1-、INO80両複合体のDNA損傷依存的なコヒージョン形成への関与を明らかにするために、ガラクトース添加によりゲノム上に単一のDSBが誘導できる出芽酵母株を用いて解析を行う。この株はDSB領域近傍をGFPで可視化しており、S期において姉妹染色分体上のそれぞれに生じたDSB領域がコヒージョン確立により接触している場合は、蛍光顕微鏡により単一のGFPスポットとして検出することが可能である。それに対し、DSB領域がコヒージョン確立不全により離れている場合には2つのスポットとして検出される。この株の野生株およびSWR1-、INO80複合体の変異株をS期に同調した後DSBを誘導し、単一または2つのGFPスポットを有する酵母数を計測・比較することで、SWR1-、INO80複合体がS期におけるDNA損傷依存的なコヒージョン形成に関与するか明らかにする
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PLOS One
巻: 9 ページ: -
10.1371/journal.pone.0108354
Mol Cell
巻: 55 ページ: 626-639
10.1016/j.molcel.2014.06.027
http://www.agri.tohoku.ac.jp/j000000/kd506l0000001qua.html