研究実績の概要 |
本研究では上皮集団遊走において、頂端膜の構造的破綻がリーダー細胞の浸潤性を高める、との仮説を検証することを目的としている。前年度までの研究からアクチン細胞骨格と脂質膜のアンカー分子であるIRSp53がリーダー細胞で浸潤能のスイッチ分子として働くことが判明した。すなわち、IRSp53は通常は上皮細胞の頂端膜にトラップされており、がん化や炎症応答で細胞が浸潤する際には頂端膜から離れ、細胞の基底膜側に移行し浸潤突起の形成を促すことが分かっていた。 本年度は頂端膜構造の乱れを人為的に引き起こし、この乱れ自体が引き金となってIRSp53が活性化され細胞の浸潤能が亢進するかどうか検証を行った。EzrinやNHERF1、Myosin-1Aなど頂端膜の構成因子をそれぞれsiRNAによってノックダウンすると細胞は浸潤突起を伸ばし浸潤能が亢進した。この亢進はIRSp53依存性であることがダブルノックダウンの実験から確かめられた。すなわち当初の仮説である頂端膜構造の乱れ自体が上皮細胞に浸潤能を与える可能性を示すことができた。ただし、なぜ頂端膜構造が乱れるとIRSp53が膜から離れ活性化するかについて、不明な点が残った。IRSp53はEps8と呼ばれるタンパク質と複合体を形成して存在しているが、このEps8がリンカーとなってIRSp53が上皮の頂端膜にトラップされていることは実験で確かめられた。また、EzrinやNHERF1, Myosin-1Aのノックダウンで共通してEps8のリン酸化状態の変化が見られることから、Eps8のリン酸化によってIRSp53の膜への結合性が制御されている可能性が示唆された。しかし、時間的制約からさらなる詳細な解析はできなかった。 全体として、本研究によって上皮が集団的に遊走する時にリーダー細胞が高い浸潤性を持つメカニズムの一端を示すことができた。
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