研究概要 |
アルシンは毒物及び劇物取締法により毒物に指定される気体のヒ素化合物である。アルシンは半導体の製造に不可欠であるが、他にもヒ素を不純物として含む金属の酸処理または精錬時に副産物として発生するため、精錬業の作業従事者においてはアルシンの吸入曝露による中毒事故が散発的に発生している。しかし、アルシンに対する許容濃度は設定されているものの管理濃度は設定されておらず、産業現場におけるリスク管理の観点から、アルシン曝露を示すバイオマーカーを見つけることは急務である。そこで我々はアルシンを曝露したマウスの血液サンプルに対して、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間質量分析計(MALDI-TOF-MS)および誘導結合プラズマ質量分析計(ICP-MS)を使用した解析を実施し、バイオマーカー候補を探索した。 マウス保存血にアルシンを曝露したサンプルをMALDI-TOF-MSで解析したところ、曝露サンプルに特異的なピークが質量電荷比(m/z)15,000付近に2つ、15,700付近に1つ確認できた。m/z値からこのピークはヘモグロビンの構成要素のひとつであるグロビンとヒ素が結合したものであることが推測された。そこで、次に同じサンプルを用いて抗グロビン抗体を用いた免疫沈降反応を行った。この反応によりサンプル中に含まれるグロビンのみを選択的に抽出することができる。得られたグロビンの中に含まれる総ヒ素をICP-MSで定量したところ、曝露サンプル中のヒ素濃度は対照サンプルのヒ素濃度よりも明らかに高く、グロビンとヒ素が結合していることが強く示唆された。最後に保存血ではなくアルシンを吸入曝露したマウスの血液を用いて同じ解析を行ったところ、同様の結果が得られた。したがって、ヒ素とグロビンの付加体は急性アルシン中毒の有用なバイオマーカーとなる可能性が示唆された。
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