心肺蘇生法(CPR)のなされる患者の中には、飲酒酩酊中に生じた外傷により心肺停止となった者が含まれている。これまで、CPRが施行された法医解剖事例において、飲酒・非飲酒別の心拍再開状況を解析したところ、飲酒由来のエタノールが心拍再開に抑制的に作用している可能性を見出した。そこで、本研究では、飲酒由来のエタノールが心臓の拍動再開能力に抑制的な影響を及ぼしているか否か、また、影響を及ぼすとすればどのような機序が関与しているのか明らかにすることを目的とし、動物実験を行った。 初年度では、低酸素曝露で自発呼吸停止状態となったラットを用いた心拍停止モデル実験を行った。低酸素曝露による呼吸停止から心静止に至るまでの心電図、心拍数および血中酸素飽和度などの経時変化に関する基礎的データを得た。自発呼吸の停止したラットを心静止群および非心静止群にわけてCPRを行った結果、自発呼吸停止後3分経過した非心静止状態のラットは、実験的心肺蘇生モデル動物として使用可能と考えられるデータが得られた。 最終年度では、生理食塩液(S群、n=10)、エタノール1 g/kg(E1群、n=10)又はエタノール3 g/kg(E3群、n=10)投与30分後に低酸素に曝露させ、ラットの自発呼吸を停止させた。自発呼吸停止3分後にCPRを実施し心拍回復率を算出した。心拍回復率はS群50%、E1群40%およびE3群60%であり、各群間に差はなかった。しかしながら、低酸素曝露開始から自発呼吸停止までにかかる時間(ΔT)は、S群105±16.3(秒)、E1群90±7.6(秒)およびE3群75.7±8.5(秒)と各群間で有意差が認められ、ΔTはエタノール濃度依存性に短縮することが示された。エタノール投与群の心拍回復率が良好であったのは、エタノール投与群のΔTが対照群に比して短いことが主な原因と考えられた。
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